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小説・文学系の話題が主。ときに自作を載っけたりもする予定。ときにリアル話題。

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友達・2話です。


お楽しみください。


 自習できる環境を校内で探していたときだ。図書室の方へ足を伸ばしたとき、よく見かけるシルエットがぼくの横を通り過ぎていった。
「あれ? 理樹君」
「あ、葉留佳さん」
「きぐ~だね。やはは」
 おっす、と手を上げて挨拶する。葉留佳さんはそのままぼくの手をむんずと掴み、走り出した。おっとっと……なんだ。
「な、何?」
「何って?」
「何でぼくをつかまえて走るのさ!」
「やはは。だって、」
 葉留佳さんが走っていこうとする方向とは、反対側から、赤い腕章をつけた一団が現れた。
「風紀委員ですっ! 止まりなさい、三枝葉留佳!」
「あいつらが来るし」
 それでぼくの手を? 全然意味が通ってない。
「ささっ、もたもたしてると捕まっちゃうよ?」
「ぼくは何も悪いことしてないし」
「あっ、」
 ぼくは手を解いて逃げようとした。
「ひ、ひどい! 理樹君ってば、わたしのことを置いて逃げるつもりなんだ!」
「いや、葉留佳さん……」
「あのとき一緒にいたずらして、風紀委員のやつらをあっと言わせてやろうぜ! って息巻いてたのはウソだったんですネ!」
 言ってないし、そんなこと。
「それなのにわたしのことをいざとなったら知らんぷりって……あんまりだぁ~~っ!」
「葉留佳さんってば!」
 彼女ほど嘘泣きがうまい人もいないだろう。
 潤んだ瞳で見つめられたら、誰だって彼女のことを味方するに決まっている。彼女の本性を知らない人間以外は。
 むむ、ほら、きたぞ。今だって……。
「サイテー。あの三年」
「あんな彼女を見捨てるとか、とんだ外道ね」
「ねね、なんであの子、泣いてるのかな? うわ、あいつ直枝先輩じゃん! あの女たらしって噂の……。最悪だな、マジで。こんどもあいつやったのかよ……」
 一部の声が聞こえている。ってか、そんな噂、いつ広まったんだよ。
 後輩からぼくはどんなふうに思われてるんだ。
 ってか、
「葉留佳さん、わかった!」
 彼女の肩をつかみ、揺さぶった。
「わかったから! 今すぐ泣くのをやめて!」
「え、ほんと?」
 見たらけろっとしていた。
「風紀委員です! そこの二人、止まりなさい!」
 げっ。
「はるちんのこと、助けてくれる?」
「ぼくは葉留佳さんのこと助ける!」
「おなかすいたから、なにかあとで食べてもいい?」
「ぼくが何でも食べさせてあげるから!」
「はるちんが理樹君の変な噂流したって言っても怒らない?」
「うん、うん、怒らない――って、ふざけんな!」
 やははは! と葉留佳さんは笑う。
「こーしょーせーりつ! の巻!」
「止まりなさい、三枝葉留佳!」
「よっと」
 葉留佳さんは胸元から何かを取り出した。
 葉留佳さんの手には、拳銃――!?
「くらえ! はるちんキャノン!」
 悲鳴が上がる。葉留佳さんは引き金を引き――、
 パァン。
「やはは。なーんつってー」
 銃口からは、銃弾が――ではなく、万国旗が出ていた。
 発砲音に驚いた風紀委員たちは、動けなくなっている。
 その隙に、葉留佳さんは、万国旗を一人に投げつけて、さらに逃げ出した。
「なんでそんなことするのさ!」
「やーやー理樹君怒らない♪ ほんの楽しみなんですから!」
「って言っても、葉留佳さんが銃を持ったときは腰が抜けるかと思ったよ」
「理樹君やだなー♪」
 葉留佳さんは、「はい」とぼくに銃を渡した。
 重さは全然なかった。
 ただのモデルガンだ。
 こんなおもちゃでも、人って心底恐怖するんだから、面白い。
 じゃ、なかった。
「今度は何やったの? 葉留佳さん」
「え? 風紀委員たちに追われてたこと?」
「そうそう」
「んー、何だったかなー」
 覚えてないのかよ。
「はるちんつねに未来のことを考えてるから」
 自信ありげに胸を張る。
 いや、いやいやいや……。
 ようは、記憶にないらしい。
「そろそろいいですかネ♪」
 後ろを振り向いても、もう追っ手の姿はない。
 あれだけのことをされたのだ。追いかける気力も萎えて当然だろう。
 まあ、たいした害はなかったのだが……。
「はあ……走ったから汗かいちゃった。理樹君なにか飲み物―」
「平然と人に物をねだるのは、どうかと思うよ……」
「だって理樹君がー」
 だだをこねる。
 そういや、そうだった。
 約束してたっけ。食べ物がどうとか。
「食べ物も飲み物も同じですヨ?」
 買ってやった。
 くそっ。
 おいしそうにペットボトルのお茶を飲む葉留佳さん。もうすぐ二年生と一年生は授業があるのか、人気がなくなってきた。
 葉留佳さんは、靴を履いて、中庭にぼくを連れて行った。
 ぼくは彼女と勉強をしようかと思い、ついていったのだが……。
「やはは。今日はいい天気ですネーっ!」
「うん、まあね」
「こういうときは、お昼寝でもしたくなるね。ネ、理樹君?」
「葉留佳さん。ぼくは勉強がしたいんだけど」
「え、何の?」
 何の、って、一つしかないだろ。
「うーん……そうだなあ」
 なにやら、考え始めたぞ。
 なんだかここから逃げたほうがいいような気がしてきた。
「葉留佳さん、ぼく急用を思い出したから、今日はこれで、」
「あっ、待って! わかった! わかったから!」
「何をさ」
「理樹君が勉強するの、手伝ってあげる」
「ええ……」
 どーせ、あれでしょ。ねえ、
「社会勉強とか称して、いたずら一緒にさせる気でしょ」
「どうしてソレをっ!?」
「魂胆みえみえ……」
「理樹君はべつの社会勉強をしたいの?」
「何のだよ!」
「やはは」
 照れるなよ。そこで。
「はるちん言うの恥ずかしいなー」
「じゃあ、何で言うんだよ」
 理解できない。
「あれ、何でかな」
「知らないよ」
 なにも考えてないんだろ。
「葉留佳さん、よかったら一緒に勉強しない?」
「よしきたっ!」
 ひざを叩くが、
「言っとくけど、英語の勉強ね」
「りきくん~……」
 とたんに嘘泣きが始まった。
「それは、はるちんに対する、あれですか、何ですか……」
「嫌がらせ?」
「そうっ! それですか!」
「いや、別に……」
 どこをどう取ったら、そうなるんだよ。
 もしかして……。
「あんまり聞きたくないけど、葉留佳さん、受験勉強は……」
「あー……やはは……」
 恥ずかしそうに髪に手をあてて、そっぽを向く。
「まさか……ニートに?」
「なわけないでしょっ! ばかでしょ理樹君!」
「いや一時期恭介が目指してたもんだし……」
 あまりにも就職活動がうまくいかなかったときにあった。
 さいきんあんまり進学やこれからの話していなかったけど……、
「よかったら、教えてくれない? 葉留佳さん、これからどうするのか」
「理樹君はどうするの?」
「ぼく……は、そうだな。とりあえず進学、かな」
「とりあえず……」
 む、なんだ。すこし馬鹿にされたような。
「ふっふーん」
「何だよ……」
「理樹君も現代っ子ですネ。目標持たずに持ったフリ……「とりあえず」! ああ、なんてひよわな言葉! はるちんはそれを憎む! 主体性のない言葉を!」
 うるさいよ。
「だから、はるちんは、やりたいことができるまでなにもしない! どうだ、これぞ高潔な精神! ファイティングスピリッツ!」
 どこがだよ。ニートスピリッツの間違いでは?
「わかったよ。つまり、考え中ってことでしょ?」
「理樹君ソレ違う!」
「何だよ」
「もっとこう、わたしを讃えて! もっともらしく、悟りを開いたかの偉人たちのように! はるちんは、受験にみんな躍起になっているときにいたずらをするという考えに至ったのだ!」
 どこが偉人だよ。
 やっていることは、決して褒められたことじゃない。
「はい、はい。えらいえらい」
「ぶー」
 溜め息が出る。
 なにやってるんだこの子は……。
「理樹君もなにかやる? いたずら」
「やらないし……勉強が、」
「じゃあ!」
 葉留佳さんは、ぼくの手を掴み、
「はるちん、理樹君と一緒に勉強する! その代わり、いたずら一緒にやろうよ!」
「葉留佳さん、ぼくは……」
 そんなこと、約束できない。
 大体、そんな条件飲めない。
 対等じゃない。
「勉強ばっかりじゃ、効率よくないでしょ?」
「いやまあ……」
 まあそうだが。
「リトルバスターズとして、もう遊ばないの?」
「う」
 心が動く。その言葉には弱い。
 ぼくたちが、お互いの進学とか、就職状況や理想、努力について、何も情報共有していないのは、それのためでもある。
 リトルバスターズ。ぼくたちはその一員として、みんなとどう向き合っていけばいいのか。遊ぶのか、目標に向かうためにそれをお休みするのか。それはみんな、悩み所だろう。でも、浪人はなるべくしたくない。そんな金は後見人のあの人にはないと思うし、ぼくとしても費用はかけたくない。でも……なら、どうしたらいいのだ。
「リトルバスターズ、もうすぐお別れになっちゃうよ?」
「でも……」
「でも、何?」
「でもいたずらでしょ?」
「え?」
 葉留佳さんは、きょとんとする。
「う~ん」
 なにか考え始めたぞ。
「じゃあ、いたずらでも、ひどいいたずらはやめよう。いたずらと、遊びの中間を探っていきましょう」
「何だよソレ」
「というわけで、いい?」
 いいも何も……。
「理樹君」
「う……」
 葉留佳さんの真剣な顔。
 その中に、ちょっとばかり弱気な女の子の顔が見え隠れする。
 受け入れてもらえるのか、少し不安になる様子が。
 ぼくは、断れなかった。
「理樹君大好き!」
「葉留佳さん、手!」
 両手をがしっと捕まれて、上下に大げさに振られる。
 冗談だとは思うが、こうも間近で大好きと言われたことがないので、赤面してしまう。
「よぉーっし。じゃあ、やるぞー!」
「勉強も忘れないでね」
「ちぇっ」
 水を差されたのが残念なのか、口を尖らす。
「よし、早速あれの出番だ!」
 なにを持ち出すんだ?
 葉留佳さんは胸元から一つの赤いクレヨンを取り出した。
「よし」
 決意した表情になって、
「えええ!?」
 壁に落書きを始めた。
「なにしてるんだよ!」
「待って理樹君。今集中してるんだから。傑作ができそうな予感がする!」
「傑作なんてなくたっていいよ! はやく消して!」
「消さないもん!」
 葉留佳さんは力任せに書きなぐった。
 赤いクレヨンは先が丸くなり、短くなってしまった。
 だがその分、壁には赤い文字がでかでかと。

 はるちん参上! なかにわに誓いを立てる!
 
 末尾に「あと理樹君も」と書かれた。
「なんてことするんだよ!」
「怒らない怒らない♪」
 なにかをやりきった顔をする。なんでそんな晴れがましい顔なんだよ。
 しかも、「誓い」は漢字で書いて、「中庭」がなんで書けないんだよ。
「ねぇねぇ、ここの『はるちん参上!』のびっくりマーク、可愛くないですか? はるちん的にここは力がもっともこもったところですネ」
「なに言われても知らないよ」
「え? だって理樹君も怒られるんだよ?」
「は?」
「ほら」
 ようやく末尾に目が行く。
 ……理解した。
 ぼくの指は、葉留佳さんのほっぺを突っつきだした。
「なんてことするんだよ!」
「なんてこと!? 女の子に向かって、なんてことするの理樹君! うえーん、暴力反対―!」
「まるでぼくが手下みたいになってるよ! そもそも勝手に人の名前書かないでよ!」
「りきくん……」
「うっ」
 葉留佳さんが目に涙をためている。
 こうされると弱い。
「ま、まあ、約束は約束か……」
「ふん」
 すると、葉留佳さんは目の下に指を当てて、
「べーっ」
 あっかんべーをすると、
「理樹君なんかこうしてやる!」
 壁にさらにクレヨンで落書きを始めた。
 
 三枝葉留佳をそそのかした直枝理樹
 
「やめろ!」
「ええい止めるなワトソン!」
「これじゃ全責任がぼくに来るだろ!」
「へっ。そもそも最初からはるちんに命令したの理樹君じゃーん。はるちん知―らないっと」
 そっぽを向いて口笛吹き出す。
 くそっ。
 ぼくは葉留佳さんを後ろへやると、手で消した。
 うわぁ。手がクレヨンで真っ赤になっちゃった。
 葉留佳さんは、ぼくの真っ赤になった手を指差し、
「あっ、おまわりさん、この人です!」
「ふざけんな!」
「あはははは!」
 お腹をおさえて笑い出す。
 そうすると怒りが抜けていき、疲れがどっと出てきた。
 どうするんだ、これ。
 どうしようもできないんじゃ。さらに壁に落書きをしようとしていた葉留佳さんの手を掴んで逃げ出した。
 案の定、その後風紀委員にめっぽう追いかけられたわけだ。
 
 
 罰を受けて、しばらく経った後、葉留佳さんが教室にやって来て、
「おおーい、理樹くん~」と呼んだ。
 またいたずらのお誘いか、と思いながら、ぼくは溜め息をついて立ち上がった。
 勉強もかなりはかどったし、少しくらいならやってもいいか、と思ったのだ。もちろん、風紀委員にかなり厳しく釘を刺されたので、自分一人じゃとうていやる気にもなれなかったが。
 葉留佳さんがこれ以上風紀委員に嫌われないよう、気を遣ってやるとするか。
 ぼくは葉留佳さんのいる廊下までやって来た。
「どうしたの?」
「理樹君、エロいの見ても大丈夫?」
「は?」
「突然はぁはぁして、手近な女の子に声かけたりしない?」
「べつに……しないけど」
 だからなんでぼくがそういうキャラになってるんだよ。
 ま、葉留佳さんに理由を聞く方が間違ってるんだけど。
 ていうか、いきなり会ってエロ話かよ。こんな女子、葉留佳さん以外にいないだろう。
「どうしたのさ、いきなり」
「ううん、念のため聞いておこうかなって思って」
「葉留佳さんエロ話好きなの?」
「うーん。たぶん、理樹君ほどじゃないかな」
 失礼なやつだ。
 ぼくは頭をおさえた。
 落ちつくんだ。
「そう……きわめて普通ってことだね」
「だって、女の子だからね。女の子がエッチだったら理樹君いやでしょ?」
「いやまあ……」
「はるちんはエッチじゃないから安心してね!」
 なんだろうこのやるせなさ……。
 肩をばしばし叩かれる。なんでぼくが慰められているんだ?
「ところで、どういうことなのさ」
「ふっふっふー。まあ、それは見てのお楽しみ……」
 顔がもはや悪人だ。
「葉留佳」
 すると、聞き慣れた声が聞こえた。
 リトルバスターズの誰が発する声とも違うが、親しみのこもった、どこか心配するような声。
「あ、佳奈多」
「と……直枝理樹ね」
 二木佳奈多さんだ。
 ぼくのほうをちら、と見ると、葉留佳さんにだけ話しかけた。あいさつもない。
「ちょっと葉留佳。さっき風紀委員会から言われたわよ。また三枝葉留佳が悪さをしています、って」
「悪さなんかしてないもん」
 葉留佳さんは口笛を吹き出した。
 佳奈多さんは溜息をつくと、
「もう私は風紀委員ではないから、強くは言わないわ。ただ、あの子たちのことももう少し心配してあげなさい。あなたにからかわれるたび、出動しないといけないんだから」
「ちゃんと心配してるもん」
「もう、ほんとうに分かっているのかしら」
 うわ、姉と妹のプライバシーをかいま見た感じ。
 二人だとこんなふうに話すのか。じゃっかん葉留佳さんが面倒くさそうにしているのがなんか新鮮だ。
「ところで、直枝理樹」
「へ?」
「あなたが葉留佳をそそのかしたとかどうとか……聞いたわ」
「へ、へえ?」
「まあ、せいぜい葉留佳があなたに逆のことをしたんでしょうけど」
「理樹君ははるちんと一緒に遊んでるんだよ。ねー?」
 腕を組まれる。
 え、えっと、これは一体何なのかな。
 なにか言葉の裏でやり取りがあるような。
 佳奈多さんはぼくたち二人をじっと見つめると、また溜息をついた。
「葉留佳。直枝理樹もプライベートがあるわ。遊びに誘うのもほどほどにね」
「はーい」
「直枝理樹は受験よね」
「そうだけど」
 そろそろ知り合って長いんだから、人をフルネームで呼ぶのやめて欲しいなあ……。
「お互い大変ね」
「ちょっとどーゆう意味―!?」
 佳奈多さんは葉留佳さんを見て軽く微笑む。ばしばしと肩を叩かれながら。
「葉留佳に付き合うのも、ほどほどにしておきなさい。……べつに、深い意味はないけどね」
「ぶー」
「それと、」
 佳奈多さんはぼくに言い聞かせるように声を鋭くした。
「絶対に葉留佳にもういたずらはやらせないように。……一緒にいるんだったら監督くらいしなさい。もっとも、あなたたちってそれほどの関係?」
 うわぁ……。
 久々に出た。空気を読まないどストレート皮肉。
 彼女らの言葉にこっちが絶句するのは、やはり姉妹似ている。
「じゃ、そろそろ教室に戻るわ」
 佳奈多さんはきびすを返す。葉留佳さんとぼくにそれぞれ言いつけるように、
「いい加減にしないと、面倒なことになるわ。心に留めておきなさい」
「はーい」
 生返事に慣れているのか、佳奈多さんは肩をすくめて去っていった。
 これって……警告? これ以上やったら、面倒なことになるって。
 佳奈多さんが出張ってくる、ということだろうか。
 しかしもう佳奈多さんは風紀委員じゃない。
 性格も少し丸くなったとは思うが、やはり風紀を乱す相手には容赦がない。
「べーっ」
 そして、この妹である。
 去っていく自分の姉に向かって全力であっかんべーをする18歳。
 どうしたらこんなふうになるんだ。
「よし。ばれずにすみましたネ」
「何が」
「え? だから、これからいたずらすること」
「思いっきりばれてたと思うけど……」
「まーまー、それはそうだけど。今回は佳奈多が腰を抜かすくらいのものを用意してあるから」
「何、それ?」
 あの女の子が腰を抜かすところ、ちょっと興味がある。
「ふっふーん。見たい?」
「え、えーっと……」
「チラ見せ二百円ですネ」
「地味に高いよ……やっぱり、」
「はいどーぞ」
「見せるのかよ!」
 興味を失いかけると引き止めようとするとか、子供か?
 どれどれ。これは写真だ。
 だけど窓から射し込む明かりでよく見えない。
「葉留佳さん、ちょっとこっちに渡してもらっていい?」
「だめっ!」
 力づくで引っ込められる。
「ふう……こんな天下の往来ででかでかとおおっぴらにしないでくださいヨ。はるちん殺されちゃうでしょ?」
「天下の往来って……」
 一体彼女は何者だ?
「やっぱりさっさと始めちゃいましょうか。時間もないし」
「ねえ、何なんだよ。ぼくに見せてよ」
「だーめ。秘密なのです」
「う~」
「もう一回見たかったら、ちゃんとはるちんの作業手伝ってネ」
 交換条件を出される。
 う、う~ん、さっき佳奈多さんから釘を刺されたばっかりなんだが、へたをうたなきゃ大丈夫かな……?
 さっきみたいに公共物に害を与えたりしなけりゃ、そう咎められることもないかと思う。
 佳奈多さんがどう思うかは別だけど。
「ねえ、どうして、いたずらまた始めたの?」
「へ?」
「二年の秋ごろはお姉さんとも和解したみたいで、全然そういうことはしなかったじゃん」
 葉留佳さんは目を泳がせて、指でほっぺたをかいた。
「もしかしたら、またお姉さんと?」
「やはは、ないない」
 葉留佳さんは笑って手を横に振った。
 その仕草を見て、ぼくは本当にこの姉妹の間には平和が今も続いているのだと思った。
 風紀委員にいたずらをかつてしていたのは、佳奈多さんにかまってほしかったからだと言っていた。でも、なら今は?
 どうしてなんだろう。
「まあ、そーゆーネガティブな感情じゃないから、安心してくださいネ」
「ただの遊びってこと?」
「そーそー」
「それなら、もっと穏便な方法があってもいい気がするけどなあ」
「大丈夫大丈夫」
 葉留佳さんは陽気だ。
「お姉ちゃんのことは、はるちんが一番よく分かってるし、さっきのは全然怒ってなんかないですヨ。むしろ待ってる、みたいな? 心配しているだけで、お姉ちゃんの心はカモーン、ダーリン、な状態なんですヨ」
 うさんくさすぎる……。
 葉留佳さんが仮にぼくの妹だったとしたら、妹にこんなふうに言われたら、もう嫌いになると思う。
「ささっ。いたずらにかかりますヨ。理樹君、はるちんについてきたまえ!」
「はーい」
「貴様その気の抜けた返事はなんだー! もっと腹の底から声出せー! いくぞー、しゅっぱつしんこー! エンジンよし!」
 車掌なのか軍隊なのかはっきりしろよ。
 葉留佳さんの芝居がかった言い回しに、周りの生徒がくすくすと笑っていた。
 
 姉が話を聞かないなら、妹もまたそうだ。
 葉留佳さんは、ぼくが何度も止めるのを聞かず、再び風紀委員会にいたずらをしかけようとしていた。
 風紀委員会を直接からかうのはリスクが高いと思うんだけど……。
 きっと、葉留佳さんはリスクとか考えてないんだろう。
 恭介だったらここのところは完璧にカバーして、絶妙な案を出すものだが、葉留佳さんはその点向こう見ずなところがある。
 しかし、失敗したとしても、全然気にしておらず、むしろ元気で潔いところが、ぼくにはとても好ましい気がした。
 だが、今度ばかりは……。
「釣り竿?」
「じゃじゃん。はるちんお手製バンブー釣り竿」
 男の子みたいなことするなあ。
「それで何するの?」
 魚でも釣るのだろうか。
「何すると思う、理樹君?」
「えーっと……わかんない」
 ぶー、と口をすぼめる葉留佳さん。
「そこで制服の襟に引っかけるとか、ぬめぬめしたワカメを女の子の耳の裏に近づけるとか、思いつかないなんて」
 才能がなくて、今ほんとうによかったと思ってるよ。
「無知な理樹君に教えてあげましょう。第二弾はコレ!」
 うるさいな、と思いつつ、葉留佳さんが見せたものを凝視した。
 これは写真だ。きっと、さっきも見せてくれたものだろう。
 女の子が映っている。
 て……て、いうか、これは……。
「な、なんだこの写真」
「その時、理樹君は心の中でこう叫んだのであった! 『わふぅー、なんていい体つきの女だ! 足に顔近づけてぺろぺろしてぇー。そんでもって胸に顔近づけてむふふふふ』――って、あいたたたたた!」
 沈黙したか。
「もぉー。つねんないでよ」
「頼むから、ぼくを心配させないでほしいんだよ。いい評判のまま高校を卒業したいんだから」
 で、例の物だ。
「何で、佳奈多さんがこんなきわどい格好してるわけ?」
 写真には、まるで週刊誌の表紙をかざるような、グラビアアイドルみたいな格好をした佳奈多さんが映っている。
 正直似合わなすぎて、見るのもつらい。
 体は美しいのだが、あの佳奈多さんがこんなふうに水着姿できわどいポーズをして、媚びるような目でこちらを見ているのを見ると、今までのイメージと矛盾して、何だかこのまま喜んでいいのか悪いのかわからず、ただただ不気味な感じがしてくるだけになっている。
「どうですか? エロい?」
「エロいとか関係なく、ぼくには彼女がなんでこんなふうなことをやらされてるのか、疑問なんだけど」
「えー、この写真についての感想は?」
 何か、ポジティブな意見を求められている気がしたので、ぼくは、
「か、かわいいと思うよ。すごく。スレンダーだし、肌も綺麗で、笑顔も素敵だと思う」
 確かに、もしだが、佳奈多さんがもともとこんなふうな人だったとして、その人格に初対面から接していたとしたら、ぼくは彼女をとても魅力的な人だと思ったかもしれない。
 だが、今となっては、残念なだけだ。どうして最初から、こんなふうな佳奈多さんを知らなかったんだろう。
 何か、葉留佳さんがもじもじしていた。
「何?」
「いやー」
 頭をかいている。
 自分が褒められた気になったのだろうか。
 双子なんだし、案外そういうものかもしれない。
「これ、実は、」
「え?」
「お姉ちゃんじゃないんですよネ」
「は?」
「実は、はるちんなんです」
 驚愕した。
 開いた口が塞がらないとは、このことだ。
 じゃあ、このスレンダー美女は、まさか、
「いや~」
 葉留佳さんは顔を赤くして、しきりにぼくと目を合わすまいとしている。
「これ撮ったの、ほんとうは結構前でして、姉御の罰ゲームだったんですよ。当時は悪ノリして水着姿で佳奈多の格好とか、自分でもアホだとは思ったんですけどネ」
 そして、いつものおどけた顔を取り戻し、
「いやー、まさかこんな時にうってつけのネタになるとは思いませんでしたヨ」
 ぼくは放心していたが、やがて正気を取り戻した。
 は、葉留佳さんだったのか、この写真の人は……。
 待てよ、今なんて言ったんだ?
 葉留佳さんはネタがどうとか。
「ちゃんと理樹君が保証もしてくれたことですし」
「ねえまさか、」
「そのまさかだーいっ!」
 葉留佳さんは写真を釣り竿にくくりつけ、満足そうにした。
「さ、風紀委員会の扉を開けるのです!」
 今まさに委員会の面々が集まっている控え室に、それを投げ込もうというのか。
 危険だ。
 危険すぎる。
 ぼくは葉留佳さんを思いとどまらせようとした。だが、だめだった。
「大丈夫大丈夫」
 葉留佳さんは、こちらを見て笑う。
 風紀委員会室に手を掛け、少し開ける。
 ぼくは、腹をくくった。
 中での声を聞くかぎり、会議をしているようだ。葉留佳さんは釣り竿をそっと部屋の中に入れ、すき間から釣り糸を細かく調節した。
 釣り糸の先に吊されている物体Zをある男子生徒の目の前に……、
 落とした。
「であるから――え?」
「なんだ、これ?」
「どうしたの?」
 げっ。
 佳奈多さんだ。佳奈多さんの声がした。
「写真のようです。どこから出てきたんだ」
 男子生徒がいぶかしんでそれをひっくり返す。
 あっ、という、若干気恥ずかしさが伴った声。
 ここから見ている限り、みんなが写真を見ようと男子生徒の周りに群がってくる。
「きゃ!」
「え、なんだこれ! 二木先輩……」
「うおおおお! 二木先輩のビキニ姿が!」
 ガタッ、と椅子が転がる音が。
 佳奈多さんが怒った顔で部屋の奥から出てくる。
「キレー……」
 女子生徒が感嘆している横から、手を伸ばして写真を引ったくる。
 だめだ、もう笑いを抑えられない。
 みるみるうちに佳奈多さんに気恥ずかしさと憤怒の表情が現れてきた。
 くしゃっ、と写真は手元で握りつぶされる。
「あ」
「あんたたちっ……」
 目が合った!
 目が合った! 逃げなきゃ!
「待ちなさい! 三枝葉留佳! 直枝理樹!」
「ええっ!? 二木先輩!」
 すごい勢いで追いかけてくる。
 ぼくら二人はすぐに釣り竿を手放し、委員会室から逃げ出した。
 風紀委員会が後ろで指示を与えられているのが聞こえる。
「どういうことですか、二木先輩!」
「どういうことでもないわ、ただの嫌がらせよ! あなた風紀委員長でしょ! 生徒が被害に遭ったのだから、一刻も早く捕まえなさい!」
「しかし、よく意味が……」
「ええい、まだるっこしいわね!」
 風紀委員の腕章をその男子生徒から腕ずくで取り上げたところまで、ぼくたちは見ていたが、次の瞬間、こっちを鬼の形相で見ていた佳奈多さんと目が合い、ぼくたちは角を曲がって全速力で廊下を走った。
「あはははは! サイコーだね理樹君! おもしろかったぁー!」
「笑うのは逃げ切ってからにしないと!」
 ほら、もう追ってきた。
 ご丁寧にホイッスルまで持って来て、盛大に吹き鳴らしたもんだ。
「そこの男女二人、すぐに止まりなさい! 風紀委員会です」
 復帰してないくせに。
 私怨は彼女を過去最大に獲物へと向かわせるようだ。
 なんて暢気に観察している場合じゃない。
 どうにかこの場をやり過ごさねば。
「絶対に許さないわよ! 葉留佳! 直枝理樹!」
「べつに人気出たんだからいいじゃん!」
「黙りなさい! とくに直枝理樹、あなただけは特別に重い罰にしてやるから覚悟なさい!」
 理不尽だ。
 もうこれで死ぬ気で逃げるしかなくなったぞ。
 ぼくらはリノリウムの床を滑りながら角を曲がる。人が慌てて避ける。
 その間の道を通って階段まで着き、二段飛ばしで上っていく。
 葉留佳さんはビー玉やら画鋲やらいろいろ嫌がらせをして足止めしようとしたが、そんなトラップにはもう慣れきっているらしく、スピードを止めないで佳奈多さんは迫ってくる。
「ごめんねお姉ちゃん、悪気はなかったの!」
「まずは止まりなさい! 怒らないから!」
「お願い理樹君止まってー!」
「一人だけ逃げるつもりでしょ! あと怒らないはずないだろ!」
 佳奈多さんは「怒らない、怒らない」と言いつつ迫ってくる。
 正直死ぬほど怖い。
 だが、必死の逃走もむなしく、鬼気迫る彼女に制服を掴まれ、逮捕となってしまった。葉留佳さんも、風紀委員たちに追い込まれて捕縛されたみたいだ。その時、なぜこんなにも真剣に三枝葉留佳を捕まえなければならないのか、男子委員にはあまり納得がいってなかったようだ。

 つづく
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2013.05.12 / Top↑
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