小説・文学系の話題が主。ときに自作を載っけたりもする予定。ときにリアル話題。

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友達・5話です。


お楽しみください。


 
 受験が始まるころ、ぼくを葉留佳さんが誘った。
 なんと休日にどこかに遊びに行こうと言うのだ。
 もうぼくらには、休日なんてあって無いようなものになってたけど。
 わざわざ休日を選んで、まったく関係がないところに連れて行ってくれるらしい。
 それはどこか。
 秘密らしい。
 何だそれ。
 ともあれ、だ。
「よし」
 女の子とデートだ。
 デートじゃないんだけど、それをどう呼んでいいのか分からない。
 ぼくは少し伸びた背に合わせた、春物のジャケットを着て、食堂にある、大きな姿見でオシャレにポーズを決めた。
 うーん。
「どこをどうすれば、私服が怪しいやつに見えないか、分からなくなってきた」
 これでも女子と休日にお出かけするなんて、鈴とあと小毬さんくらいしか経験がない。
 どちらも、ただそのへんに遊びに行っただけだったけど。
 あとはたいてい寮で会えるから、べつに遠出する必要はないのだ。
 恭介にファッションについて聞いとけばよかったな……。
「あ」
 え?
 声がした。
 よくぼくの知っている声が。
「佳奈多さん?」
 向こうはぼくを見て、驚いている様子だった。
 しかし口を閉じて、ぼくを無視して通りすぎようとする。
 慌ててぼくは彼女を呼び止めた。
「おはよう、佳奈多さん」
 佳奈多さんは一瞬びくりと肩を跳ねさせ、おそるおそるといった様子でこちらを見た。
「おはようございます、直枝理樹」
「朝から私服でどうしたの?」
「べつにあなたに説明する理由を感じません」
 怪しい。
 不自然なほどによそよそしい。
 寮では普段制服で行動するからだ。誰も彼も。
 ぼくは彼女の私服をまじまじと見た。
 白を基調とした、レースのついたブラウスに、こげ茶のスカート。
 長袖。手首のカフスボタンが金色で、上等の仕立てであるのが分かる。
 見るからに風紀委員長然とした楚々とした格好だ。
 オシャレであるには変わらないけど、年齢が高い。
 彼女以外の女子高校生が着たら、まるで仮装しているように映るだろう。
 だが、彼女には品位のあるこんな格好が似合っていた。
「じろじろ見ないで。いやらしい」
 腕を抱く。
 まるでぼくが変態みたいな言い方をする。
「初めて見たんだし、いいじゃん、べつに。佳奈多さんの私服」
「どうでもいいけど、あなたの格好も初めてね」
「どうかな」
「特に何も感じません」
 最悪だ。
 佳奈多さんはよそよそしげに距離を取り、
「用事があるのでこれで失礼するわ。あなたもはやく自室に戻って勉強を再開することね」
「どこか行くの?」
 苛々する佳奈多さん。
「何度言えば気が済むの。私服なのが見て分からない。私は外出するんです。そしてどこそこに行こうがあなたに説明の義務はないわ」
 ぼくは少しかちんときた。
「ぼくも外出するんだけど、友達同士が今日どんな用事があるのかお互いに話したってとくに変なことにはならないと思うね」
「友達?」
 佳奈多さんはその一言に苛立ちを明らかにした。
「あなたと私が。へえ、おかしな話ね。いつから、わたしとあなたは友達になったのかしら」
「ぼくはそうだと思ったけれど」
 彼女はそこで意気がそがれたような表情になった。
 悲しみを顕わにして、自分を責めるような、切なげな顔になる。
「私は、……」
「おおーい! 理樹くん、佳奈多!」
「は?」
「え?」
 佳奈多さんとの間に微妙な空気が流れた瞬間、葉留佳さんの声がした。
 葉留佳さんは駆け足で食堂にやって来て、そこら中にばらまくように笑顔を振りまいた。
 彼女の到着で、ぼくも佳奈多さんも救われたような気がした。
「やはは、お待たせ。お二人さん」
 葉留佳さんは深紅と黒の、ロックテイストの縞模様のジャケットを着ていた。正直、趣味は悪かった、かもしれない。
 でもなんだか、彼女には似合っていた。
 スカートでなくて、ホットパンツなのも活動的な彼女に似合っていた。
 少し寒そうではあったけど。
 ん?
 お二人さん。って、ぼくと佳奈多さんのことか。
「えっと、佳奈多さんも、葉留佳さんと待ち合わせを?」
「も、って何よ」
 まさか、と彼女の顔が赤くなってゆく。
「まさか、あなたも葉留佳と出かけようとしていたの?」
「そうだけど」
「やーやー。お二人さん、仲がいいですなあ。はるちんよりも先にお二人して世間話ですか、さあ理樹くん、はるちんと佳奈多の私服の感想をどーぞっ!」
「趣味が悪いね。葉留佳さんのは」
「がびーん!」
 盛大な効果音とともにくずおれてゆく。
 佳奈多さんの私服を見ようと視線を投げると、佳奈多さんは恥ずかしそうに目を逸らした。
「佳奈多さんは趣味が良いね」
「あ、ありがとう。……」
「ってそんな一言で片づけんなーっ! そんな二元論で計れるほど、はるちんのセンスは甘くないぜよ!」
 ジュワッ! とスペシウム光線の構えをする。
 何だよ、それ。
「理樹くんの格好は普通だね」
「今その一言にがくっと来たよ」
「ドキッと来ないとー。女の子に言われたんだから」
「どういう意味でドキッとするのかにもよると思う」
「まあ、センスの意味では悪くないわね」
 そっと小声での発言にぼくも葉留佳さんも振り向いた。
 佳奈多さんは自分の発言が目立ったとしると、慌てて、
「何よ。何か文句でもあるわけ?」
「うおっほん。いやー、いやー、いいんじゃないですか?」
「何がよ」
「ま、はるちんもそう思ったし。はるちんが思ってることは多分お姉ちゃんも思ってるはずだから」
「だから何がよ」
 赤くなって、慌てて問い詰める。
 それを葉留佳さんが面白そうになだめる。
「まーまー。ささ、何か食べようよ。はるちんお腹すいてるんですヨ」
 佳奈多さんはグッとこらえて、ぼくの方をちらりと見た。
 ぼくはどうすればいいのか分からなかった。こういうとき、おうおうにして、葉留佳さんに全ての決定権が委ねられるのだ。
 ぼくたちは適当な席について、葉留佳さんが買って来たサンドイッチを少しずつ分け合って食べた。
 ま、ぼくはすでに朝食を取っていたけどね。
 そこでぼくたちは葉留佳さんの真意について話をすることができた。
 葉留佳さんはぼくと佳奈多さんを同時に連れ出すつもりだったそうだ。
 ぼくも佳奈多さんもそのことを知らなかったけど。
 と言っても、ぼくも佳奈多さんも勝手に帰るわけにいかず、これからどうするのか、葉留佳さんに意見をしてみた。
「私は帰ります」
 と最初に言ったのは佳奈多さんだった。
「私は勉強があるし、それに、葉留佳と二人で買い物するんだったら毎週行ってるし。べつに今度でもいいから」
「おーっとそれはいけねぇぜお嬢ちゃん」
「何がお嬢ちゃんよ。ふざけないで」
 顔を赤くして怒る佳奈多さん。いつも二人で出かけているのか。
 新鮮だなあ。こんな二人も。
「葉留佳は直枝理樹と二人で出かければいいでしょ。せっかくの機会なんだし、友達同士仲を深めあってきたら?」
「やはは。もうお姉ちゃんってば。そんなこと言わないでいいのに」
「何がよ」
 そして元気をなくし、
「私は別に……どうでもいいし。直枝とは」
 葉留佳さんは明るく振る舞い、佳奈多さんに言った。
「さいきんお姉ちゃん元気なかったし、はるちんとだけじゃつまんないかなーと思って、理樹くん呼んでみたの。だめ?」
「だめじゃないけど。……」
 ぼくの方を見る。
 さいきん、元気なかったのか。
「じゃあいいじゃないですか」
「でも男子と休日に出かけるなんて、私ほとんどしたことないしっ」
「え」
「おーっと、ここでサプライズカミングアウトだぁー! 誰も聞いてないのに赤裸々な経験の浅さを佳奈多氏語ったー! いだだだだいだいいだい!」
 耳を掴んでひねり上げる。
 佳奈多さんは赤くなりすぎた顔に加え、目に涙まで浮かべている。
「覚えてなさいっ……!」
「覚えてるっていやでもー!」
 葉留佳さんは赤くなった頬を、涙をにじませながらさする。
「本気の握力をはるちんは今見ました」
「男の子の前で恥をかかせないで」
「いやまあ」
 もう手遅れな気がするが。
「まあ、はるちんも一緒に男の子と遊びに行くのは経験ないですけどネ」
「えー、意外だな」
 恭介らと出かけたことがあったと思うのに。
「まあみんなと出かけたことはありましたヨ。そりゃあ何度も」
 ぼくも経験がある。
 大所帯だったから、こういうのとはまた違ったが。
「でも男の子とこんな形でお出かけって初めてですネ」
「そうなんだ」
「理樹くんは?」
「え、ぼく?」
 葉留佳さんの問いに、佳奈多さんも興味津々らしく身を心持ちこちらに向ける。
「そうだなあ。鈴や小毬さんのおつかいに一緒に付き合ったことはあったけど、遊びに行くのは初めてかな」
「でしょでしょ!」
 意外と無かった。リトルバスターズとしていつも一緒にいたからかな。
 ぼくたちは、個人個人で親密になって遊ぶということがあまりなかった気がする。
 いつもみんな一緒だったから。
「葉留佳、ちょっと」
「え、何?」
「いいから」
 佳奈多さんが葉留佳さんの耳に何かささやいている。
 なんだろう、こっちを見ているぞ。
「うん、了解」
 何を了解したんだろう。
「ねーねー、理樹くんって普段休みの日どこに出かけるの?」
「え」
「って、佳奈多が聞いてるんだけど」
 佳奈多さんが「ハッ」として、声を上げて葉留佳さんの口を塞いだ。
「な、な、何を言い出すの!」
「え、そうだなあ」
 葉留佳さんと佳奈多さんが同じ顔でこちらに振り向く。
 ぼくは休日何をしているんだろう。
 いけない、何だか自己嫌悪したくなってくる。
 正直に言ったほうがいいだろうな。
「そうだね……大体、出かけるときは真人とか恭介と一緒かな。たまに謙吾と出かけるときもあるよ」
「へー。意外性ないね」
 肩を落とす。ぼくが。
 どうせそんなことだろうと思った?
 その通りさ!
「そうだね。大体いつも休日は真人か恭介と一緒に遊ぶから、その延長で遊びに行くくらいしかないかな」
「一人の時はどうしてるの?」
 葉留佳さんが聞く。
「一人の時? ほとんどないけど」
「充実してそうでなによりね」
 皮肉を投げる佳奈多さん。
 なによりとか絶対思ってないだろ。
「まあ、偶然一人になったときは、勉強しているかな。……その時くらいしか勉強する時間ないんだよね」
 佳奈多さんはおおむね想像ができたのだろう、
 手で顔を覆う仕草。
「ごめんなさい。あなたの苦労も知らずに」
「ううん、いいんだ」
 真人や恭介は、勉強を邪魔する腐れ野郎として認識されただろう。
 佳奈多さんが今度二人に会ったときが何か楽しみだな。
「佳奈多さんは?」
「え、私? な、な、なんで私なの?」
「え」
 べつに会話の流れで佳奈多さんになっただけだけど。
「葉留佳にまずは聞きなさいよ!」
「だそうだけど」
「んー、あんまり言いたくないなー」
 なにやら怪しげだな。聞かないほうがいいのかな。
「ほら、私ってかなり常識に疎かったりするじゃないですか」
「え」
 今頃、気が付いたのか。
「だからあんまり今どきの女の子の遊び場ってわからなくって」
 葉留佳さんがめずらしく落ち込んだ素振り。
 めずらしいな、ほんとに。
 きっと本当のことなんだろう。
「それ、わかるわ。私もそうだったから」
「そうだよね、お姉ちゃん」
「え」
「直枝、告白するけど、私もよ。同世代の付き合いがほとんどなかったし、外出も制限されていたことがほとんどだったから」
「外出の制限って、門限とか?」
「そ、そうね」
 目を泳がせる。
 きっと厳しい家庭なんだろう。
 門限とか、そういうものがあるのは経験がないな。
 学校しか。
「だから最初は、本屋とか、美術館とかにしか行かなかったわね」
「はるちんも。はるちん図書館ばっかり行ってたし」
 意外すぎる。
「少しずつ、去年になってから変わり始めたわね。だんだん、女子高校生が行きそうなところに二人して勇気出して行って……って、何でこんな話になったのかしら」
「お姉ちゃーん」
 葉留佳さんが佳奈多さんに横から抱きつく。
 もう、と呆れつつも、佳奈多さんは葉留佳さんに甘えさせたままにしておく。
 こんなに二人が仲良いのを見るのはさらに新鮮だ。
 身近の兄妹に見せてやりたい。
「映画とか行くの?」
「たまに行きますヨ」
「何を見たらいいのかわからないから、葉留佳に選ばせるの。さいきんは葉留佳のほうがこっちに詳しいわ」
「でも佳奈多は美術とか文学とかにはめっちゃくちゃ詳しいよ」
「へえ」
 ふふん、と佳奈多さんは得意がる。
「直枝、あなたは私が無趣味じゃないかと思っていたでしょう。おあいにくさまね。あなたほど無趣味じゃないわ」
「べつにぼくも小説くらい読むけど」
「それってあの筋肉馬鹿が選んだ純粋な馬鹿小説?」
 むか。
 馬鹿なのは本当だが、自分だって葉留佳さんに映画を選ばせているくせに、そんなところで悪く言うのは不公平だ。
 べつに真人に小説は勧められてない。
 勧められたことなどない。
「ぼくだって、趣味の二つや三つくらいあるよ」
「へえ。じゃあ、言ってみなさいよ」
「う……」
 いけない、頭が真っ白になっている。
 とっさに思い出そうとすると何も浮かんでこない。
「ま、」
「ま?」
「まいりました……」
 佳奈多さんは嬉しそうに葉留佳さんと笑い合う。
 くそ。
 でも、そんな二人の笑顔が見られたので、よしとすることにした。
「さぁーて、じゃあそろそろ出かけましょうヨ」
「あ、いいよ」
 二人で席を立つと、佳奈多さんが迷うように視線を落として、
「あの、葉留佳」
「う?」
「ごめんね。私も行っていいかしら」
「もー」
 姉妹が逆転したみたいだった。
 呆れつつも佳奈多さんを抱き起こす葉留佳さん。
「きゃ」
 と、小さな声がする。
 二人を見てほほ笑ましくなってしまった。
「ほら行こう」
 と手を取る葉留佳さんに、
 照れながらも、「うん」と手を任せる佳奈多さん。
 ぼくはこの人たちと友達になれたことに感謝したい。
 もっと親密な友達に。
 ぼくはそう願わずにはいられなかった。
 
 葉留佳さんは連れて行きたいところがあると、ぼくらを駅まで連れて行った。三つくらい離れた駅にある、大きなコンサートホール。
 ぼくらはその前に立っていた。
 曇りなき春のさわやかな空。
 そのもとに並ぶ長蛇の列。
 巨大なホールの壁一面に、かわいらしい女性のポスターが垂れかかっている。
 風をはらんで揺れるそのポスターには、彼女の相棒の深紅のギターが描かれてあった。綺麗な人だった。ぼくは何となく彼女が佳奈多さんに似ていると思った。
 名前が表示されているのを見ると、二、三度聞いたことがあるバンド名だった。
 確か新進気鋭のロックバンドとか。
 何でこんな田舎町でライブをやるんだろう。
 で、何でぼくたちはこんなところにいるんだ。
「葉留佳、ここでよかったの? 私たち、チケット持ってないじゃない」
「じゃじゃーん!」
 チケットだ。
 しっかり三人分ある。
 葉留佳さんはポケットから取り出したそれを、ぼくたちに見せびらかす。
「チッチッチッ……仕込みではるちんにかなうやつなんか、恭介くんを除いていねぇさ」
「それ、くれるの?」
「あ、理樹くん、五千円ね」
「きっちり取るんだ……」
「だって、はるちんお金ないもーん」
「ありがとう。……」
 佳奈多さんはまじまじとそのチケットを見つめて、感謝しながらそれを受け取った。
「佳奈多にはこの前とその前のランチと映画代払ってもらってるからお返しなの」
「結構借りがあるんだね……」
「姉妹だもーん。これくらい普通だもん」
「葉留佳、ほんとうに私が行かなかったら、どうしてたの?」
「え?」
 うーん、と考え込む。
「理樹くんがきっとその時は払ってくれたと思うし」
 一度、葉留佳さんとじっくり話がしたい。
「そう。……直枝、ありがとう」
「なんで僕が支払うことになってるんだよ」
 けらけら、と笑う二人。
 からかうのがうまくなってきたな。
「葉留佳、この人のバンド、聴いてたのね」
「お姉ちゃん勉強中にラジオ聴いてたでしょ。その時、いいなって思って」
「そう。私もだったの」
 恥ずかしそうに耳をかきながら、佳奈多さんは微笑む。
「いい言葉を歌にする人なの。なんか心に響くのね。切ない感じがするっていうか、苦労を感じさせるけど、とても優しくて明るいの。あんな人、まだ見たことがないわ」
「そうそう。明るい曲ばっかり書くけど、でもふわふわしてないんだよね。男らしいっていうか、すごくしっかりした音楽と詩なの」
 そうなのか。
 意外にも、二人とも音楽にはすごくしっかりした意見を持っていた。
 音楽か。
 恭介が洋楽ばっかり聴いていた時期があって、ぼくも彼に勧められるままに聴いていたから、耳はそれなりに肥えているつもりだったが。
 あんまり自信がない。
 楽しんでおくとするか。
 
 コンサートホールに入るとき、ライブパンフを渡された。彼女はなんとここの出身だったそうだ。今はすでに知名度は全国クラスだが、かつてはこのあたりを中心に活動していたのだという。
 すごく端正な字で直筆のメッセージが添付されていた。
 ロックバンドをやるとはとても思えないほど丁寧にお礼と、この地への愛情が示されていた。ぼくは彼女の声と曲を思い返していた。
 なんだろう。何となく、二人と波長が合いそうな気がする。
 佳奈多さん。
 そして葉留佳さん。
 大勢のお客さんに混じって、広いコンサートホールに入っていった。
 ぼくたちは、前列部の良い席につくことができた。
 葉留佳さんは三席予約をしておいてくれたようだが、ずいぶんと難しいことだったんじゃないだろうか。
 葉留佳さんは奥の席に座った。
「理樹くーん、こっちこっち」
「うん」
 ぼくは反対側の席に座ろうとしたのだが、
「ねー、こっちだってば」
「は?」
 中央の席を指差す。
 え、それは、隣に座れってこと?
「葉留佳、私が中央に座るわ。あなたはそっちに座りなさい」
 佳奈多さんは端の席を指差す。
 そうですよね。姉妹となりの席に座るのが定石ですよね。
 そう思って安心したのだが、
「ぶー。だめだって」
 葉留佳さんが佳奈多さんごしに怒った顔を向ける。
「理樹くんはここ。はるちんと佳奈多のとなり」
「ええ」
 なんか恥ずかしいな。
「は、葉留佳……」
「チケット用意したの私だもーん」
 ふん、とむくれてしまう。
 ぼくと佳奈多さんは顔を見合わせる。
 仕方ない。
 佳奈多さんは、葉留佳がそう言うなら、と遠慮する様子。
 ぼくはとなり同士になった佳奈多さんと葉留佳さんの顔を見る。
 二人ともこっちを見ている。
 まあ、三席だから、必然的にそうなるわけだ。
 でも落ち着かない。
 やっぱり端に行こう……。
「だめだよ理樹くん」
「でも落ち着かないって」
「もういい加減席ぐらいで喧嘩するのはやめてよ」
「だって恥ずかしいし」
「え」
 佳奈多さんは目を丸くしてこちらを見る。
「そうなの。意外ね」
「ええー。じゃあ、始まるまでね。始まったらもうあんまり関係ないし」
 始まるまでぼくはこの居心地の悪い席に座っていなければいけないらしい……。
「よーっし。じゃあ思いっきり遊んじゃおー」
 葉留佳さんはぼくの方にもたれかかってきた。
「あー気持ちいいなー。理樹くん枕だー」
「ちょっと、葉留佳さん……」
「ちょっと葉留佳なにしてるの!」
 佳奈多さんが身を乗り出した。
「そういうことはしないでよ! 他のお客さんが見ているじゃない」
「えー☆ べつに関係ないよー。だって彼氏とかにみんなこうしてるじゃーん」
 か、彼氏。だと?
 佳奈多さんは今度こそ怒った。
 顔を真っ赤にして、
「私の目の黒いうちは、公衆の場でそんなことはさせないわ!」
「えー、じゃあ、佳奈多もすればいいじゃん」
「え」
 え。
 佳奈多さんがぼくのことを見つめてくる。
 な、何だよ。
「理樹くんいいにおい。なんだか眠くなってきちゃう」
「寝ないでよ……」
「直枝、あなた、一瞬でいいから背もたれになりなさい」
「は」
 あんたまで何を言い出すんだ。
「どうせもうヤケよ。べつに何とも思われないでしょう。ほら、さっさと背伸ばしなさい。男でしょ?」
「え、ええー……」
 佳奈多さんの側からも寄りかかられる。
 何だこの状況。
 やけに満足しきっている二人。
 シャンプーのいいにおいがする。
「結構ガタイはいいのね……意外だわ」
「理樹くん低反発枕だー」
「いい加減にしてよ……」
 商品化されている。
「なんか眠くなってきたわ。いけない、直枝の腕で寝るなんて……私のプライドが」
「お姉ちゃん大胆―」
「は? 何でよ。あっ……べつにそういう意味じゃないから! 絶対に違うんだから!」
「やははは、ねー。理樹くん今の意味分かる?」
「え?」
「だから違うって言ってるじゃない! この、葉留佳! いい加減にしてよ!」
「やはははー」
 自分のひざの上で遊ばれる。
 いい加減にしてよ……。
 ぼくはこの二人のパパか?
 すると、照明がじょじょに小さくなっていく。
 始まりか。
 高まっていく気持ち。ホール内に静寂が落ちてゆく。
 ふと、ギターの音が聞こえてくる。
 エレキギターのかぼそくも、悲しい叫び声のような音色。
 するとファンのみんなが一斉に歓声を送った。
 ベースの音がそれに重なる。小気味いい律動。それに重なるドラムの躍動感。どんどん音楽が形を伴ってきて、それが一気にスピードを上げてゆく。
 オープニングセッションだ。

 つづく

 
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2013.05.22 / Top↑
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