小説・文学系の話題が主。ときに自作を載っけたりもする予定。ときにリアル話題。

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「なんだと」
「と言いましても、さすがにバス事故の現場の夢ではありません。あなたも行きましたね、そのバス事故の現場に」
「ああ。俺は当事者だったからな。背中に大やけどを負ったし、足の骨も折った。胸に穴が空いて、何本も縫ったぜ」
 彼の話に背筋がぞわりとする。
 わたしは取り乱した様子を隠して、続けた。
「あなたが教室にいないと聞いて、やっぱりかと思いましたよ」
「あの時のことはもういいだろ。で、何だ?」
「わたしはあの当時、後方のバスに乗っていました。サービスエリアでバスの順番が入れ替わったんです。高速を降りて、山道になりましたね。そして前方のバスが崖に落ちたのを見た運転手が、車を止めて、われわれは動けないバスの中にいたのです」
「そうか」
「その時のことをまだ夢に見ます。三枝葉留佳はわたしの双子の妹です。当時仲違いしていたため、彼女はそちらのバスに乗っていました。当然、彼女の命は危機にさらされていると思いました」
「俺はサービスエリアにいたとき三枝と仲良くしている能美や来ヶ谷を見たな。まさか同じバスだとは知らなかったが」
「そうです。結果的にですけど、彼女は助かりました。ほんとうによかった……」
「ふん。で、それは俺のせいとでも言いたいのか?」
「そうではありません。続きがこの話にはあるんです。わたしは、どういう理由だか今でもわかりませんが、その時気を失ったのです」
「なに?」
 ふと彼が、何かに気が付いたように目を瞬かせた。
「気を、失った?」
「はい。目が醒めたら全員無事だという連絡が来ていて……わたしはその間のことをまったく覚えてないのです」
「ふ」
 彼はほほ笑んで、
「妹が心配のあまり、気を失ったか? 二木も可愛いところがあるな」
「わたしは暗い水の底を見たんです」
 彼は驚いてわたしを見た。
「そこにはいくつかの波紋がありました。水の底というと表現が不思議になりますが、そこは底だったように思います。波紋はいくつもいくつも共鳴して、最後には大きな波紋となりました。わたしはその時直感的に理解しました。これは、あの子たちを助けて欲しいという皆の願いだと。わたしは神に祈るつもりであの子の無事を願いました。そうすると……」
「もういい。俺はわかった」
 世界が出来上がった。
 わたしはその中で何日も何日も同じいくつかの期間を繰り返し過ごしていた。
 それがわたしの夢。
 葉留佳との仲が崩壊したこと。そして、その後また仲直りしたこと。直枝理樹がわたしと葉留佳のために尽力してくれたこと。
 わたしのお父さんに会ったこと……。
 それはすべて、イメージに過ぎなかったのかもしれない。でも、心の中でお父さんに対する嫌なイメージは全て消えていた。わたしは胸のしこりがなくなったのを不思議に思っていた。でも、夢とはもしかしたらそういうものかもしれないとも思っていた。
 でも何度も夢に見るので……。
「あの時のことを覚えているのか?」
「あの時とはどの時のことを言うんです?」
「つまりだ。俺が葉っぱとか木の枝に包まれながら食堂に寝っ転がっていて……真人と謙吾が喧嘩を始め……理樹が仲裁しようとして……結果的に鈴が真人に挑発されて真人を倒す……っていうくだりだ」
「はい。わたしはその場にはいませんでしたが、風紀委員のメンバーから何度もその話を聞きました」
「なぜ何度もと?」
「さあ。何度も同じ話をしてくるんです。それも、今起こったみたいに鮮明に。それに何度かちょっとずつ結果や内容が変わっているみたいでした。わたしも詳しくは覚えてなくて……だいたい、三度目くらいでしたか、わたしはこの世界に閉じこめられていると思いました」
「なぜそう思ったんだ?」
「なぜかと言いますと、カレンダーが一定日以上進まないからです。六月の中旬あたりで必ずカレンダーは四月の下旬……約一ヶ月半ですね、巻き戻されるのです。そうしてわたしや棗恭介先輩、井ノ原真人など、強い輝きを持っているメンバー以外記憶はそのたびにリセットされるみたいでした」
「なぜ俺に黙っていた?」
「黙っていたかったわけではありません。わたしは独自に調査や実験などをしてみましたが、このことを身近な人物に語ってもまったく相手にされなかったからです。これはほんとうに不思議なことだと思いました。リトルバスターズのメンバーだけが記憶を保持しているように見えました。ですが、あなたや宮沢謙吾、井ノ原真人といった男性陣はなみなみならぬ警戒を持っていたように思います。まるでこの世界の秘密をバラしたらただでは済まさないといったように」
「ああ、その通りだ。まったくその通りだ……多分俺はその時、おまえに対して容赦しなかったろうな。計画は……必ず成功させる必要があったんだ。おまえはどのタイミングまで居たんだ?」
「わたしは……三枝葉留佳と一緒に世界から退出しました」
「そうか」
「その時、葉留佳と一緒に長い旅に出ようとしていた気がします。そうして光が包まれて……そこから先はわかりません」
「そうか」
 棗先輩は溜息をついた。
「ってことは、だいぶ長い間おまえはループする世界にいたってことになるな」
「というのは、実際にあったからなんですね?」
「ああ。その通りだ」
「どうして?」
「あ?」
「どうして、わたしに相談してくれなかったんです? あなたたちがきっとどこかで危うい状態になっているのは分かっていました。たしかバス事故があったのはリトルバスターズの大半のメンバーが所属する2―Eのバスで、あなたや葉留佳もそこにいたと、途中で気づいたものですから」
「俺はそこまで世界を掌握していなかったんだ」
「はあ」
「俺もよくは分からんが、リセット権っつーか、世界をまたもとに戻す権利は俺にあった。そうして意思を持たない人形……まあ俺たちは「人形」と呼んでいたんだが……直接この世界の創造に関わっていない者たちだな。そいつらはイメージで構成されていて、俺が自由に動かすことができた」
「そう……ですか」
「だが、波紋が最初にいくつあったかなんて覚えちゃいないし、今いったいいくつの魂がこの世界に残留しているのか、俺たちは知らなかった。リトルバスターズ全員の魂はここにあると思っていたから、それ以外目がいかなかったな。もっともおまえにもっと頻繁に会っていればいずれわかったろうが」
「そうですか」
「うん」
 わたしと彼は見つめ合ったまま、しばし沈黙した。
「では、ほんとうのことなんですね?」
「おまえがいたのは気が付かなかったな。だから、ほんとうにおまえがそこにいたのか、俺からはなにか保証らしいのを与えることはできない」
「そう……」
「ただ、おまえが経験した夢のようなその世界は、確かにあった」
 棗先輩は真剣にそう言った。
「そこで俺たちは全力で闘った」
「はい」
「理樹と鈴を生かすために、全員が犠牲になろうとした」
「はい」
「俺たちがだぜ? まだ高校生で、若い、挫折も味わったことのねえ、青春真っ盛りの俺たちがだ。希望に溢れて、そしてこれからの未来に情熱や可能性を抱いていた。その俺たちが……犠牲になることを決めた、長い長い月日があった」
「はい……」
「まあ、俺たちは結局助かったわけだから、もう言わんが」
 棗先輩は悲しそうな面持ちを取り払い、いつもの顔になった。
「正直忘れたいぜ」
「忘れられないんですか?」
「おまえがそうなんだから、俺なんかはもっとそうだ。まあ、お気楽な連中は少しずつ忘れていってる。もう話題になることもほとんどないな。おまえは、つらいか」
「はい。とても……」
「そうか。できたら忘れて欲しい。もう済んだことなんだから、気にする必要はねぇさ。俺たちには何の奇跡か、また新しい人生が与えられた。それだけで十分満足さ」
「でも、あなた、つらいんでしょ?」
「……」
 棗先輩は悲しそうにほほ笑み、わたしに対して小さく首を動かした。
「うん。でも、こんな重みは誰だって持っているさ。だろ?」
「そうは思わないけど」
「べつにいいんだぜ? これだって、親に死なれて、友達に死なれて、犯罪者グループに巻き込まれて、女に百回も振られたやつよりはマシさ」
「いないでしょ、そんなやつ……」
「いや、いる。俺の好きな漫画の作者が描いている「ついてないぞう君」ってキャラクターがそうだ」
「ふざけないで!」
 わたしは机の上に手をついて、乗り出した。
「そんなことってないわ! あなた、とてもつらそうだもの! わたしだってつらかったし怖かった! 葉留佳がいなくなっちゃうんじゃないかって……それに、あなたも……」
 わたしは最後の言葉をこっそりとつけ加えた。
「わたしだって、なにもそういうの知らなかったわたしだって怖かった。だったら、すべてを決断し、そうしてみなに犠牲になることを強いたあなたはどうだったの……? 怖かったんじゃないの?」
「忘れてくれ」
「いや、絶対に忘れない」
「忘れろ!」
「話して!」
「なにを話せっつんだ!」
「うるさい! ため込んだもの全部話しなさい! 聞いてあげるから!」
「忘れてぇっつーのに!」
「それで忘れられないからでしょうが!」
 棗恭介は目を見開いて、驚いたようにわたしを見た。
 それから彼は、子どもが泣きじゃくったみたく、顔をくしゃくしゃにし、目を伏せた。
「馬鹿野郎……女のくせに、無茶すんじゃねえ……」
 わたしは手を胸に当てて、高鳴る心臓を抑えていた。
 彼が泣いたところ、初めて見たかも……。
「言うもんか。絶対に言わねえ」
「どうして?」
「なぜおまえが俺の背負ってるものを背負わなくちゃならない?」
 今度はわたしが涙を流す番だった。
「どうして? どうしてわたしに何も言ってくれないの? 背負ったっていいわ。わたし、あなたが背負ってるもの、背負ったっていいわ」
「馬鹿も休み休み言え! ……二木?」
 彼が怒って目を見開き、わたしを見据えると、動揺して、動きを止めた。
「なんだ。なぜおまえが泣いてるんだ。どうしておまえが泣かなくっちゃならない?」
「知らないわよ……誰かさんが、あまりにも孤高だからでしょ……」
 彼は落ち着いた顔をし、わたしに近寄ってきた。
「どうした。なぜ泣く?」
「わたしだってあなたの助けになりたいの……」
「なぜだかわからんが、取りあえず泣き止め」
「わからないの? どうしてだか」
「ああ、わからん。どうしておまえはそんなに俺に真摯なんだ。俺はそんなことされるほどよくできた人間じゃないぜ」
「ばかっ!」
 ビンタしようとした。だけど、彼は避けようとしなかったので、わたしは途中で動きを止め、彼の手に自分のを重ねた。
「二木?」
「どうして男って……」
「おいおい。いったいなんだ?」
「なんで女の気持ちなんかぜんぜんわからないのよ――っ!?」
「おい、二木!」
「この、このっ、無駄にかっこつけて! そんでみんな遠ざけて、それでご満足!?」
 わたしは彼の胸にぽかぽか拳を叩き込んだ。
 ひ弱だったのではね返されたけど。
「それで孤高になって、誰も近づけたくなくて、ひとりで悲しんでて、誰にも背負わせたくないんだ。それってあんただけが傷つきたくないってことでしょ――っ!」
「おい、わけがわからん! 何なんだ!」
「あなたのことが好きな人にちょっとは背負わせなさいよっ!?」
「はっ?」
 だめだ。もうだめ。
 日頃できないことをしたせいか息が上がって、頭がもうろうとする。
 自制できない。
 ため込んだことを言ってしまう。
「あなたが好きなの! ずっとずっと好きだったから、少しでもあなたの力になりたい! ねえそれっていけないこと!? あなたのためになにかしたいって、それだけあなたが好きだってことでしょ! なにか言いなさいよこのとんちんかん!」
「とんちんかんだと!?」
「おたんこなす――っ!」
「おたんこなすだとっ!?」
「ええい、まだわからんか――この、」
「まあ、待て待て」
 棗恭介に腕を取られる。
 涙を流しているのが隠せなくて、まるでわたしは先生の前で大泣きした子どもみたく顔をぐずつかせる。
「もぉ、いいかげんにしてよ……このあほーっ!」
「わかった。わかったから! いい加減にしろ。もうやめるか? 俺は降参だ。だから、やめるか? もう暴れないか?」
「あばれない……」
「ほんとうに暴れないな?」
「うん……」
 彼は手を離した。わたしは涙をふいて、彼の顔をまともに見ようとしなかった。恥ずかしかったのだ。
 言ってしまった。言ってしまったのだ!
 目を開くと、彼はじっとわたしの顔を観察するみたいに眺めていた。
「な、なに?」
「おまえ……」
「う、うん……」
「ほんとうに、ほんとうなのか?」
「なにが」
「おまえ俺のことが好きだって」
「だからなに? 正直信じられないって? わたしだって信じられないわ、敵のことを好きになるなんて。でもあなたと敵になる前から好きだったのか、敵になった後から好きになったのかわからないし、好きなものは好きだもの、もうわけがわからないのよ!」
 恥ずかしさに耐えられなくて、ビンタしてしまう。
 弱っちかったけど、彼は大げさに顔をのけぞらす。
「やだ……そんなに強くやってないじゃない……」
「べつに……痛かねえ……正直、動揺しているんだ……わけがわからない。おまえが俺のことを好き、だと? 信じられねえ。信じられるか! 俺の方こそおまえのことが好きなんだ!」
「は、はああ?」
 言っていることがよくわからない。なんでこんな唐突に言うの?
「俺もおまえが好きなんだ、二木」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。なんで? なんでそういうことになるの?」
 手を握られる。
 が、意味不明だ。
 わたしが彼のことを好き。それはわかる。だって、わたしのことだもの。
 でも彼もわたしのことが好き?
 嘘。
 だって、だって、だったらもっと――。
「信じられないわ……」
「好きなんだから、しょうがないだろ」
「嘘ね。あなたのことは信用できない」
「なんだと」
「女の子に好きだって言われたから、好きだって言い返してるんじゃないの?」
 彼の顔が近いのでどきどきしている。
 ああ、わたし、なにを言っているのかしら。
 彼が好きだってわかったんだから……もうどうでもいいことでは?
「男って信用できないわ……わたしはあなたのことが好き。それはほんとうの気持ち。でもあなた、さっきのたくさんの女の子とのやり取りはいったい何だったの? わたしのことが好きなら、そんなことしないはずでしょ?」
「うぐ、」
「ほら見なさい。あなたってとんだ腐れ夜郎ね。女の子の体しか興味ないんでしょ? 女の子とくっついてお触りっこしか興味ないくせに、よくもまあ、わたしの純情踏みにじったわね」
「ちょっと待ってもらいたい」
 彼はわたしから少し離れ、動揺しながらもいずまいを正す。
「釈明させてほしい。俺は確かにおまえのことが好きだ。そいつらとはわけが違うんだ」
「どう違うのか教えてほしいわ」
「おいおい……どうなってるんだ、これは? お互い好きなのがわかったんだろ? だったら、なんで俺たちこんな緊迫した会話になってんだ?」
「わたしの気持ちなんてどうだっていい。今重要なのはあなたの気持ち」
「おまえ、俺に好きだと言われて嬉しくないのか!」
「嬉しいわ。嬉しいけれど……でも、それとこれとは別なのよ!」
「ちっきしょう……くそ可愛いのに、抱きしめることもできねえなんて……」
「きゃっ、あなた、なんてこと言い出すの! 可愛いとかやめてください、思ってもないくせに! あといきなり抱くのはセクハラです!」
「なにがセクハラだ! だったらおまえもその可愛い仕草やめろ! 照れて顔赤くすんのやめろ! 俺をこれ以上混乱させるな……告白し合ったんだからいいだろうが!」
「なんにもわかってないですね……あとわたしが顔赤くしているとか嘘を言うのはいただけないですね……わたしが平常平静なのは明確です」
「嘘つけ」
「嘘ついているのはあなた!」
「よかろう」
 彼は腕を組んで溜息をついた。
「いいだろう。釈明させてもらう。どうせ俺の言葉なんて信じないだろうが」
「信じるわ」
「ほんとうか?」
「わたしが信じることができるなら」
「よし」
 彼は口に手を当てて、考える素振りに入った。
 ああ、素敵。これで女たらしじゃなかったらいいんだけど。
「俺はおまえの気持ちを知らなかった。今だって信じられないくらいなんだからな」
「あなた、いきなり?」
 正直ショックだった。自分の気持ちが疑われるなんて。
「こう言いたくはないが、俺だっておまえに疑われているんだから、おあいこだろう。だってさ、考えてもみろ。いつもいつもこうして二人っきりになるが、一度もいい雰囲気になったことがないだろ。たいていリトルバスターズが起こした問題のことだしな」
「あ、あれは、……恥ずかしくて……」
「くっ」
 彼がわたしの顔を見てまた動揺したが、続けた。
「演技が上手すぎんだよ、おまえは」
「だって、しょうがないじゃない……わたし、あなたと公然と仲良くするなんて職務上できないし……それに、このわたしがプライベートな事情であなたと二人っきりだったら、確実に噂が立つじゃない」
「まあ、おまえも結構人気があるしな」
「人気? 聞いたことないわ」
「もっとおまえは男を知るべきだな。社会的な意味で」
「いちいち付け足さないで。わかってるから」
「性的な意味でじゃないぞ」
「わかってるっつーの!」
「噂が立ちやすい……くっそ、くそくそくそ、だったら手紙でもメールでもいいから告ってこいよ! 俺に伝える手段なんていくらでもあっただろ!」
「あなたこそ女心をわかってないわ! 嫌われたらどうしようって思うじゃない! わたしたちみんながあなたみたく強い人間じゃないの」
「おまえは別だろ」
「あ?」
「いや、いい。そうか。わかった。かよわい乙女心だった。そういうわけだな」
「かよわいとか思ってもないこと言わないで」
 こんなにまで言って、嫌われないで済むとは思っていなかった。
 彼じゃなければ……。
「ま、いいだろ。俺だって色々アプローチをかけたが、おまえ見向きもしなかったじゃないか」
「だってしょうがないでしょ。わたしだってあんまり経験ないんだから」
「は?」
「いえ、忘れて……」
 さすがに恥ずかしい。わたし、もうさすがに言い逃れできないな。
 振られることになったら、もう完膚無きまでに叩きのめされるしか結末はないだろう。
「だいたいはわかった。俺はあの教室にいた子たちとおまえにかける想いは違うとわかってくれただろう。これで証明終了だ」
「待ちなさい。全然証明しきってないわ。わたしが先に……その、あなたを好きだって言ったのは、どうなの? わたしに先に言わせておいて、それはないんじゃないの?」
 怒りがふつふつと沸いてきた。
 こいつに思っていたこと、全部言ってしまおう。
「だいたいあなたの周りって、女の子ばっかりよね。朝から晩まで。教室は言わずもがなだけど、リトルバスターズって結局どうなの? 女の子だらけじゃないの。しかも全員可愛いし、あなたとも仲がいい。さすがにデートの一つもないなんて信用できないわ」
「おまえ、俺とあいつらのことなんて一つも知らないだろう!」
「知ってるわ。葉留佳からたまに聞くもの。言いたくはないけど鈴さんとはすごく仲良いみたいじゃない。来ヶ谷さんとはすべてをわかり合った関係みたいだし」
「あいつとは何でもわかり合ったみたいにうなずき合うのがルールなんだよ。『だな、恭介氏?』『ああ、もちろんだ』みたいにな!」
「何それ? 頭わいてるんじゃないの?」
「来ヶ谷ぁ……恨むぞあいつ……」
「クドリャフカ相手にだってそうじゃない。さんざんっぱら幼児ネタでからかって。来ヶ谷さんと一緒に。変態じゃない? 本人が一番傷ついているのがわからないの? ほんとオヤジなんだから」
「あれは違う! しかもそれ、三枝が最初に始めたんだ! 俺は楽しそうだからたまたま乗っただけだ!」
「西園さんとは妙に親密なお話していたみたいだし……」
「あいつはただ声が小せぇから近くに座ってきかなきゃならねぇだけだ!」
「言いたくはないけど、神北さんってあなたと直枝理樹の部屋に行き過ぎじゃない? 一日中いたりすることあるらしいじゃない」
「どこから聞いた? 理樹の部屋はともかく、俺の部屋にいたのはたった二回だけだ! 確実に脚色されている!」
「でも二回はいたんでしょう」
「俺がテレビゲームして遊んでいたのをあいつはただ後ろでみていただけだ。鈴と一緒にな」
「ほら、してるんじゃない」
「うぐぐ……」
「わたし、やっぱりあなたのことは信用できないわ。でも好き。好きでいさせて。あなたが女子と一緒にいて仲良くしているのは耐えられないけれど、わたしも頑張るわ。あなたがわたしのことが本気で好きだとわかったとき、その……キス、でもなんでもしてあげるわ」
「おまえ、ふざけるなよ」
「え?」
「おまえって、ほんとうに棚上げ女だな。俺と言っていることほとんど同じじゃねぇか」
「はい? どこが?」
「くっそ……俺はこのまま引き下がる男じゃねぇぞ!」
「どうぞご自由に。わたしにあなたのことを信用なんてさせられる? わたし、あなたが一ヶ月でもわたし以外の女性と付き合わなかったら信じられるわ。それくらいのこと、できる?」
「おまえのペースには乗せられんぞ」
「はい?」
「ふ」
 彼は不敵にほほ笑んで、
「俺にこんなふうに挑戦してくるなんておまえくらいしかいないな。それに、俺に対してあんなふうに強気に言ってくれたのは、おまえが初めてだった。俺はこんな展開認めんぞ。俺はおまえのことが好きだ。おまえと話し合ってそれがよくわかった。おまえがやめろというのなら、できる限りのことはやめてやる。だが俺は俺たることはやめんぞ」
「あなた、頭大丈夫?」
「おまえのほうこそ大丈夫か、背中の傷は」
「えっ」
 胸がきりきりと痛み出す。
 背中へと手をやる。
 何で知ってるの?
「あ、あなたっ!」
「俺が主催した世界におまえもいたんだろう。だったらわかるはずだ。俺がおまえと理樹と、そして三枝のひと悶着を見ていたのを」
「あなた、どこかでこの背中の傷、見たのっ!?」
「いいや見ていない。その気になれば見えたかもしれんがな。そこまではしなかった」
「はあ……」
 ほっとする。
 まだ胸がどきどきしているけれど。
 棗先輩にこの傷を見られたら、幻滅されてしまう。
 絶対に見せないわ。
 見せたくないわ。
「謝るわ、棗先輩。わたしの負けよ」
「おいおい」
「わたし、あなたに対してちょっといじめっ子過ぎたと思うわ。それは反省してる。わたしだって同じことが言えるのにね。あなたに対してばかり大げさに要求して……悪かったと思うわ」
「二木」
「わたしの話を聞いて。わたし、あなたに差し出せるものがあるわ。わたし、風紀委員やめようと思うの」
「なっ、……」
「風紀委員やめるわ! あなたのためだったら! だいたいわたし、自分に対して甘すぎたのよ。風紀委員としてしかあなたに接することができない自分が腹立たしかった。だから、やめたいの。やめて、あなたのことが好きなひとりの人間に戻りたい。なんの理由もなくあなたに会いに行きたいわ。わたし、それだけじゃない、風紀委員であることが理由であなたとまた敵対しなくちゃいけないかもしれない。それに、風紀委員長であるがゆえに、あなたとわたしの仲を裂こうという連中が現れるかもしれない。だったら、もうそんな肩書きいらないわ!」
「待て、待て! はやまるんじゃねえ。おまえの言いたいことはわかったが、それはだめだ」
「どうして? 風紀委員を辞めた方があなたにとっても都合がいいじゃない。あなたとの時間が増えるかもしれないのに、どうして? ……わかった、わかったわ。あなたの気持ち。面倒なんじゃない、このわたしが?」
「おまえ、どうしてそういう結論になる?」
「だったらわたしのこと認めてよ!」
「俺はおまえが望んでいることすべて成し遂げてやりたい気持ちだ。それは変わらない。おまえが心の底から風紀委員を辞めたいんならそうすりゃいいさ。だがな、もっとよく考えろ。風紀委員会にも友達はいるはずだ。おまえを慕ってくれている仲間、頼りになる仲間、そしておまえのことが好きな後輩たちがな!」
「わかるわ……だけど、わたしが言いたいのはそういうことじゃないの。わたしだって、本音を言えばやめたくない。でもあなたのためにそうしたいのよ。それがあなたに対する恋のしるしってやつなの」
「おまえ、男がそんなことで喜ぶとでも思うか」
「男っていったいどうしたら満足するの? だいたい男って……」
「女ってのは自分勝手なやつらだ」
「なによ、男だって!」
「なんだと!」
「なによ!」
 お互い剣幕な顔つきでにらみ合うが、お互い同時に噴きだして笑ってしまう。
「なんだこれ。俺たち、実は似たもの同士かもしれないな」
「べつに嬉しくはないけどね」
「なんだと。このあまのじゃくめ」
「あなただってそうでしょ? 人のことをからかって」
「後輩の態度じゃないぜ、そりゃあ」
「今まで一度も先輩面したことないくせに」
「そうだった」
 彼は神妙にうなずいた。
 お互い、いい雰囲気。
 うん、それはわかる。
 だけど、わたしの気難しさと、彼のどこかつかみ所の無さが邪魔をする。
 わたしたち、お互いのことまだよく知らないんだ。
 それをこれからわかり合って、いいと思ったときに告白し合えば、こんなふうにはならなかったのかな。
「俺というのをひどく誤解している気がするぞ、二木」
「どうして? どこをかしら」
「俺はおまえのことを好きだし、だからこそ、そんなふうに身を犠牲にしたがるところを心配するんだ。これは愚か者の言い分かもしれないが、男のさがなんだ。わかってもらいたい」
「わかったわ。努力する」
「時には気持ちだけで十分な時もある」
 彼はわたしの後ろに回って、立つ。
 なにか思念しているよう。
「な、なに?」
「このロマンチストめ」
「な、なによ。べつにいいじゃない。女ってロマンチストなの。いつだってロマンスに憧れてるんだから」
「俺だってロマンチストっぷりでは負けんぞ」
「なにする気?」
「いいか。俺は今からおまえの背中の傷に触れてみようと思う。待て、べつに直接じゃない。上着の上からでいい。そのままじっとしていろ」
「やめて、お願い……」
 せいぜいそんなこったろうと思った。
 でもわたしに拒否権はない。直接とか言い出したら逃げ出しちゃっただろうけど、わたし棗先輩には拒否できない。
 触りたければ触ったらいい。
 でもそれが何になるの?
「棗先輩、話はまだ終わっていませんよ」
「いいか? すぐに終わる。話し合いならもう済ませた。俺はおまえを納得させることが不可能だと感じた。だから、何とかして俺のほんとうの気持ちを知ってもらうほかはない」
 か、かっこいい。
 けど。
「じゃあどうするっていうんです?」
 彼は質問に答えずに
「二木、背中の傷はまだ痛むのか?」
「だったら何だっていうんです? あなたってとても残酷な人間なんですね棗先輩」
 ああ、別にこんなことを言いたいわけじゃないのに。
「わたしのこと傷つけさせたいんですか。だったらもうやめてください。わたし、背中の傷だけは誰にも触れてもらいたくないんです」
 嘘。
 ほんとうは癒してもらいたい。
 誰かの手で。
 でも、いつだったろう、中学生の頃だったかな、ある男子生徒と仲良くなったことがあった。
 彼はわたしを気にかけてくれて、わたしの仕事の大変さを知ってくれて、わたしを好きだと言ってくれた。
 わたしは当時、恋など知らなくて。やすやすと彼を信じてしまったわ。
 そうして、背中の傷を見せて。
「嘘だな」
「え?」
「おまえ、いつか裏切られたことがあるな?」
「っ……」
 裏切られた。
 信じてたのに。
 彼にこの傷を見せたら、ひどく気味悪がって、お化けみたいって。
 そんなこと言われるくらいだったら、人なんか信じるんじゃなかった。
 先に言ってください。
 わたしのことをお化けだって。
 だったらわたしもあなたのことを好きにならなかったのに。
「図星か。べつに傷を見せてもらおうってんじゃない。俺にだって傷くらいある。ちょうど背中に、ゲロみたいなやけどの跡がな」
「だから? 何だっていうんです? それであなたはわたしと同じだなんて、中学生みたいなセリフで懐柔しようっていうんですか?」
「ところが、違うんだ。もっともおまえが俺に親近感を持ってくれたらありがたいが、そういうのはわりと気にしないたちなんでな」
 あ、わたしと一緒。
 彼、わたしと似てるんだ。
 恋してもらいたい、より恋で自分を表現したいタイプ。
「俺はだな、難しいことはよくわからんし、おまえの傷を全部なかったことにはできない。だけど、おまえのことが好きだ。おまえの傷口にナイフを押っ立てようっていう……別に言葉でも実物でも同じだが……そういうやつがいたらな、俺は全力でそういうやつを追っ払って、命の重さってのをわからせてやるだろう……べつにだな、おまえに好かれたくてこう言うんじゃない、ただおまえに先に言わせてしまった、ちょっとしたお詫びさ……」
 彼はわたしの背中に、口づけをした。
 制服越しだったけど。
 その瞬間、妙にくすぐったくて、なんだかじんわりと暖かみが中心から広がっていく感じがした。
 彼は何度も何度も口づけをした。してくれた。まるで全身に自分の跡を残したいがみたく。
 終わると、彼はわたしの顔を見ようと、わたしの正面に回ってきた。
「これでほんの少しでも伝わったかな。俺の気持ちが」
 は、恥ずかしくって顔が見えない!
 こんなに好きでいて幸せになったことなんてない。
 こんなにわたしを愛してくれる人はいまだ見たことがない。
 わたしの気持ち、報いられるのかしら。
 もう人を疑わなくていいかしら。
「ん、どうなんだ」
「バカ」
「バカ? ああ、バカさ。俺はバカだ。バカで結構。バカなんだからバカだ。これより明確な命題などない」
「バカ。照れ隠しなのに」
「知ってるさ」
「こ、この……」
「はっはっはっは!」
 彼はわたしの座っている椅子の隣の椅子に座り、わたしの手をおもむろに握った。
「きゃっ」
「冷てーな、おまえの手」
「昔から、そうなの。温かくなくて失望した?」
「別に。俺の手で暖めてやる。それに、冷たいのは心が温かい証拠とも言うしな」
「なにそれ。バカがガキのバカげた迷信を信じているの?」
「おーおー、出たな毒舌」
「あんただけしか……言わないから」
「そうかい」
「ねぇ」
「ん?」
「わたし、長々と言うのは苦手だから、こう言うけれど、わたし、あなたのことがほんとうに好きだわ。心から。信じてもらえるかしら」
「信じるさ」
「あなたはわたしのこと好き?」
「信じてくれるかい?」
「信じてあげてもいいわ」
「俺はおまえのすべてが好きだぜ」
「そういう子どもみたいな甘いロマンチックなセリフを吐かなければ、少しは信じられるんだけど」
「じゃあ、どうすりゃいいんだい?」
「行動で示して」
「わかった」
 キス。
 短い、短い、キス。
 わたしたちはキスした後、お互いに見つめ合うと、また濃厚なキスをもう一度した。
「もう一度」
 か細い声でわたしが言うと、彼はもっとすごい、官能的なキスをしてくれた。
「初めて? すごく上手だけど」
「初めてだと言ってもどうせ信じんだろうが」
 四度目のキス。
「すこしは休ませて」
「だめだ。あと二回する」
 五度目、六度目。
 彼はやっと満足し、体を少し離すと、リラックスしてほほ笑んだ。
「俺ってキス魔だろ?」
「あなたって、ほんと……」
「漫画で得た知識が役に立ったぜ」
「あなたって、ほんと……子どもみたい」
「だろ?」
 彼はわたしを抱きしめて、じっとした。
 わたしは彼の肩越しに、窓の外の沈んでいく夕陽を眺めていた。
「リラックスしてくれよ。寒いから暖まろうぜ」
「うん。いいわ」
 彼の大きな体に頭を預けて、その上から抱いてもらうと、赤ん坊みたいに安心した気持ちになった。
「実はずっと言いたかったんだ。あの時のこと」
「あの時?」
「あの世界が崩れていく時さ。俺たちが一つに結束した、あの時のことさ。でも誰にも言えなかった。みんなの嫌な気持ちを呼び覚ますのが嫌でな。だから、自分ひとりで背負うしかなかった……」
 彼はわたしの顔を指でつつきながら、子守でもするみたく、ゆっくりと語った。
 彼が語り終えると、わたしたちはもっと強い絆で結びつけられた気がした。
 風紀委員は、やめないことにした。
 だってもう任期も少ないもの。
 引退したら彼と一緒にいたいだけいていいし、それに男性ってのは、妙に自分の彼女の身持ちを大事にするみたいだから。まるで自分の物みたく。
 それでいい。
 それでいいと思う。
 わたしは彼の腕の中で安らいでいる。
 それが妙に心地良いのだから、やめられない。
 彼の中にいれば、妙に強がって人に毒づく必要も、また人を疑って食ってかかる必要もないのだ。
 彼はわたしとずっと一緒なんだから。
 
 end
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2014.01.04 / Top↑
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