小説・文学系の話題が主。ときに自作を載っけたりもする予定。ときにリアル話題。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 あの忌まわしい事故から三週間……
 ぼくたち、リトルバスターズの大半のメンバーは、まだ医療施設で治療を続けている。
 大半のクラスメートは軽い怪我で済んで、とっくに退院しているんだけど、ぼくらのよく知っている友人たちは、まだまだ怪我が重く、退院できそうにない。
 ぼくと鈴は毎日欠かさずにお見舞いに行っていたが、さすがに恭介から
「たまには夏休みを満喫しろよ」
 と、お説教を食らってしまったので、手持ちぶさたなこの休日。
 ほとんど義務感でお見舞いに行っていたのだが、さしたる用事もなかったぼくたち二人は、急に現れたこの休日を、どう過ごせばいいか、わかるはずもない……



「どこかに遊びにでも行かないか?」
 と、鈴はこう言う。
「う、うーん。どこに? ……」ちょっとドキドキしながら。
「そりゃ、おまえ男なんだから、自分で決めろ」
「え、ええー!」
 鈴は女の子らしく、こちらを期待する眼差しで見つめている。
「ちなみにあたしは、べつに行かんでもいいんだからな! おまえがどーしてもと言うのなら、付き合ってやらんでもないんだからな! あくまで、おまえが誘うんだ! さぁ、早くしろ! 誘え、あたしを!」
「鈴。誘ったのって、鈴だよね?」
「記憶にないな」
 三秒くらい前のことなんだけど。
 さすがに勉強でも……とか言ったら、怒るかな。
 鈴とは……ここ数週間、ずっと二人でいる。
 ぼくは普通に接しているつもりだけど……彼女と一緒にいすぎて、ぼくと二人で一人、みたいな、特別な関係になっていることは、躊躇せずに認めるつもりだ。
 さすがに男女として意識しないでもない……。
「鈴、一応聞くけど、勉強はいいの?」
「勉強か? 兄貴に教えてもらっているから、問題ない」
 そうなのだ。恭介はあれ以来、鈴にめっきり甘くなってしまって、鈴にだけ特別に勉強を見てあげている。
 当然ながら、ぼくにはない。
 不公平だ。
「んー、じゃあ、カラオケとか?」
「カラオケ? おまえって……無趣味だな、理樹」
「鈴だったらどうするのさ」
「あたしか?」
 腕組みして考えている。
 と、途端に殴られた。
「いたいよ!」
「あたしは、……いいんだ! あたしにかまうな! おまえが決めろ、男なんだから!」
「たいしたこと思いつかなかったんだね!? そうなんだね!?」
「うっさいわ! ゲーセンくらいじゃデートにならんから、っちゅー、あたしからの配慮じゃ! 感謝しろ!」
 うわあ。
 デートって言っちゃったよ。
「そ、そのう……」
「なんだ?」
「ぼくら、デートするの?」
「あ」
 鈴は真っ赤になっている。
「いいからさっさとしろ」
「なんで怒ってるの?」声がすごく低い。
「怒ってない! おまえが決めないなら、あたしが決めるぞ! どこへ行くことになっても責任取らんからな!」
「やめて、下手すると恭介に怒られる!」
「あ、あたしに何するつもりなんじゃぼけーっ!」
 
 と、まあ、そんなこんなで……結局またお見舞いに行くことになりました……。
 ぼくら二人じゃリトルバスターズとしても半端なんだなあ、と少しがっかり……。
 でも反面、みんなと一緒にいられることが嬉しかったり。
「おまえらなあ……」
 恭介にはがっかりされたけど。
「ぼくたち、お見舞いが好きなんだよ。会えるのが嬉しいっていうか、さ」
「理樹はいい。俺が言いたいのは、だ……鈴、こっちに来い」
「ん」
「ちょっと理樹は出といてくれるか」
 恭介の病室から出る。
 すると、しばらくすると中から鈴の「うにゃ――――っ!」という悲鳴が聞こえてきた。
 ガラッと扉が開いて、鈴が半泣きで飛び出してくる。
 ぼくに構わず、あらぬ方向へ突っ走って行ってしまった。
「恭介、どうしたの!?」
「くそ……あ、いててて……」
 ほほを爪で引っかかれた恭介がいる……。
「あいつのひっかき癖も……そろそろ直さんといかんな」
「また喧嘩したんでしょ」
「そいつはいいんだ。放っておいてくれ」
「そんなわけにはいかないよ。だって友達だもの」
「友達、な」
 恭介は困ったような顔をする。
「おまえ、鈴をどこかへ連れて行ってやらなかったのか?」
 どうやら恭介はぼくにもちょっとお説教をするらしい。
「そりゃ、さっきも言ったけど、行き先決まらなくってさ。結局お互い一番したいのは、みんなと一緒にいたいこと、っていうか……」
「まるで成長していない、とはこのことだな」あきれている。「理樹。鈴は泣いていたぞ」
「あんたが泣かせたんだろ」
「ふ……そういうところだけ達者になりやがって」
 手元にあるマンガ本をパラパラ、とめくりつつ、
「おまえもちょっとは男らしくしたらどうだ?」
開いたページを見せてくる。
「でもそれって、少女マンガの主人公でしょ?」
 恭介のことが好きな女の子たちからの差し入れの……
「ああ……だが、すっかり俺は、女心というものをつかめた気がするぞ、理樹」
「絶対そんなことないと思うけど」
「なんだと? だったら、どうしてこの女たちは、これほど男どもに心酔しているんだ?」
「それは相手がイケメンだからで……」
「俺がイケメンじゃないってのか!」
「いや別に、そう言っているわけじゃ……」
「理樹よ。おまえもこいつらみたいなイケメンになれ……」
「え? なんでそういう話になるの?」
「ここを見ろ!」
 無理やりマンガを読まされる。
「ここで女が言う。『佐々木くん、わたしの心のトキメキが止まらない……』」
 恭介が女の子の声真似をするが、はっきり言って気持ち悪い。
「佐々木だ。『それは君が俺のとりこだからさ。それに、君の瞳に吸い込まれたい、ぼくの気持ちもわかる?』……どうだ? これくらい、言えるようになれよ」
「ちょっと待ってくれる?」
 ぼくはあきれて、
「君の瞳に吸い込まれたい、っていう表現はどうなの?」
 恭介も腑に落ちないのか、首をかしげて、
「さあ? 物理的にそうなんじゃないか?」
「物理的!?」
「瞳の中に入れば、まさに一心同体……ってことだろ。これは、深い愛のテーマだと思わないか?」
「え、そういうグロテスクな……」
「馬鹿野郎! 人の愛の形をグロテスクだとはなんだ、二人が良ければいいんだ、二人が!」
「それたぶん、二人は生き残ってないよね」
「おまえなあ、少女マンガはなにかと複雑なんだよ。俺たちの好む、敵を倒せばそれでおしまい、っていうストーリーじゃねぇんだ。ほら、貸してやるから、これで女心を少しでも勉強しろよ。おまえもそろそろ大人の階段を上らなきゃな……」
「恭介、鈴が泣いてどっかに行っちゃったんだけど……」
「あいつのことは放っておけ」
「またそうやって……」ため息をついて「恭介、とりあえずぼくは鈴を探しに行くよ。マンガ本はあとでね」
 恭介はじっとぼくを見つめて、にやりと笑う。
「ふ……わかったよ。頑張ってこいよ」
 手を振って、ベッドの中に潜ってしまう。
 ぼくら……取りあえず、これでいいんじゃないのかな?

 鈴を探しに行くことになったが、行き先はわかってる。
 小毬さんのところだ。
「小毬さん、ちょっといい? 入るよー」
「わっ! ちょ、ちょっと待ってー! 理樹くん!」
 中で、なにやらドタバタ物音がする。
今まですんなり入れたためしがない……。
「も、もういいよ?」
「うん」
 扉を開けると、パジャマ姿の彼女が、ベッドから半身を起こした状態でいる。
「鈴、やっぱりここにいたんだ」
「理樹か」
「また恭介さんと、喧嘩したみたい~」
 苦笑している彼女の隣に、ぼくは椅子を持って行って、腰かける。
 彼女はもうだいぶ回復していて、もうすぐ退院できるみたいだ。顔色もだいぶいい。
 一時期は、死にそうな顔をしていたし、(死の恐怖があったからだろうか? それともなにかを思いだしたのか?)……話しかけても生気がなくて、会話すらはかどらなかったけれど、ここ一週間くらいは、もう元の小毬さんだ。
 身だしなみも気を遣うようになってか、ぼくが入ってくると、シーツで体をすっぽり隠してしまう。それだけじゃなくて、軽い運動もしているみたいで、ますます顔色が元通りになったように思える。
「兄貴……なんか言ってた?」
「ん?」
 鈴は見るからに落ち込んでる。
「ひっかき癖、もう直した方がいいんじゃない? って」
 すると鈴は腹を立てて、
「そんなの、あいつにしかせんぞ!」
「まだいるでしょ……」
「あ、そうだ。あの馬鹿とささこだ。うんと……もう、それくらいだ」
「ぼくもね、ちょっと怒られちゃったよ」
「なんだと! 理樹に怒るなんていやなやつだ! あたし、兄貴にちょっとばしっと言ってくる!」
「今から?」
 すると、困った顔になって、縮こまってしまう。
「うん……やっぱり、きょーだいでケンカはよくないな、うん……」
「そうそう」小毬さんは満足して、「仲直りするのが一番だよ~」
「取りあえずうやむやに、っていう感じにしか見えないんだけど……」
「理樹くんも、どうして恭介さんとケンカしたの?」
「ああ、いや」ぼくは手を横にふり、
「ぜんぜんたいしたことじゃないんだけどね。ええと、……自分の無趣味さにちょっと嫌気がさしちゃってさ。出かけるところって行ったら……みんなのところにしかなくて……それを恭介もよく知っていて……」
「とっても良いことだと思うけど~」
 相変わらず小毬さんは、にこにこしている。
「理樹くんと鈴ちゃんが来てくれると、なんだか元気を分けてもらえるような気がするの~……よし、がんばろうっ、って」
「小毬さん……」
「おかげさまで、今朝、看護師さんから、もうすぐ退院できますよ、って」
「おめでとう、小毬さん」
「ありがとう理樹くん。ねえねえ、鈴ちゃん、退院したら、あの件……よろしくね」
 鈴は訳知り顔でうなずいて、
「がってんしょうち」
「ふふふ。さすが鈴ちゃんだね~。頼りにしてるよ」
「? 何のこと?」
「退院したら、こまりちゃんを、近所にできた店に連れてって、好きなだけパフェとケーキを食べてもらうことになっている」
「い、いやぁぁ! 鈴ちゃんー! 理樹くんには言わないでー!」
 半べそをかいている……。
「? なんでだ?」
「だ、だって……」こっちをちらちら見ながら、恥ずかしそうに「退院したら、きっとすごく太っちゃって……絶対お菓子の食べ過ぎだって思われるし……」
「ぜんぜんそんなこと思わないけど」
 と言ったとたん、さらにべそをかきだして、「思うもんっ!」と叫んだ。
「理樹くん、わたしのお腹みて、あ……これはフルーツパフェかな……? それともこれは、チーズケーキかな、ワッフルかな……って品定めするみたく~……」
 そんな観察員みたいなこと、するわけないだろ。
「ええとね、ぼく、今の小毬さん見ていると、病院食のせいかな、すこし痩せ気味だと思うから、少しくらい太った方が可愛いと思うけど」
「え、え、えぇ――っ!」
「理樹、おまえ! こまりちゃんをそそのかすなっ!
「べつにそそのかしてなんかいないけど……」ぼくは日頃の小毬さんを思い出して、
「そうだよね……いつもお菓子なんか食べられない生活を続けていて……そりゃ、ストレスも溜まるよ……小毬さん、さみしそうだもん」
 ぼくは、気にしなくていいんだよ、という意味でこう言ったのだったが、
「ふ、ふぇぇ――――んっ! そんなことないもん! お菓子なんていらないもん! もうっ、理樹くんのばかぁぁぁ――――っ!」
「え、ええー」
 泣き出してしまった。
 その後、鈴からしこたま蹴られたのは、言うまでもない……。

「鈴、女心って、何だと思う?」
「何だ、いきなり……」
「いや、恭介からも、女心がわかってない、って言われてさ……鈴に聞いてみようと思って」
「うん。まあ、男に説明するようなことじゃないと思うな」
「あ、そうなんだ……」
 彼女は腕組みして、「なんちゅーかこう、言わんでも伝わってくれるのが、一番嬉しい」
「それが一番難しいんだけど……」
「うーん」首を傾げながら、
「ま、あたしもよくわかってないけどな」なんてことを言っている。
「小毬さんは、どうして泣いちゃったんだろう?」
「きっと、おまえのことが嫌いだったからじゃないか?」
 ひどいことを言うやつだ。
「お菓子なんていらない! って言ったけど、ほんとうは、ぼく、小毬さんにお菓子をたくさん食べて欲しくってざ……あんなことを言ったんだけど……」
「それを先に言え!」
「でも、うまく言えなくって……」
「おまえは口下手すぎるんだ。もっとスマートに振る舞え」
「たぶん、ぼくを思って言ってくれているんだろうけど、それは鈴に言われたくないからね?」
「ま、あとで謝ればいいだろ」
 こんな人に女心がわかってない、なんて絶対に言われたくないな……。

「そういえば、クドはやっぱり、室外かな?」
 クドと小毬さんは同室のはずだったのだが、最近は看護師さんにリハビリに連れ出されているため、あんまり一緒には見かけない。
 小毬さんは比較的に軽傷だったが、クドのはわりと重かった。骨に異常があって、軽い手術をしたあと、最近までずっとベッドに寝っきりだった。
 最近はずっと回復したけれど、今度は筋肉を取り戻すためにリハビリだ。
 階段を降りて、中庭へ行くと、
「わぁーふぅ――――っ!」
 犬に食べられている!
 と、思ったら、ストレルカとヴェルカがクドに覆いかぶさっているだけだった……。
「おーい、クドーっ!」叫んでみると、こっちに気が付いて、
「あ、直枝さーん、鈴さん! はろー、です!」
 もみくちゃにされたまま、腕だけこっちに伸ばして振っているから、異様な図にしか見えない。
 彼女を助け起こしに行くと、ゆっくりと立ち上がって、杖に寄りかかる。
「なんだか、荒々しいね……リハビリって」
「わふ~」
「髪に草がついてるぞ」
「わふっ、と、取ってください!」
「背中にも」
 鈴がジャージについた草を払ってあげる。
「ありがとうございます鈴さん~……わふ、せんきゅー、せんきゅー」
 できるだけ病院の人に外国人と見られたいがためか、脈絡のない、舌っ足らずの無茶苦茶な英語も、最近板についてきた。
「看護師さんがご飯を用意しに行ってくれているあいだ、ストレルカとヴェルカの相手をしていたら、こんなになっちゃいました……」
「また骨を悪くするかもしれないし、派手な運動はしちゃだめだよ?」
「でも、ふたりとも、可哀相で~……」
 ストレルカとヴェルカはしっぽを振りながら、まだ遊ぼう、と言わんばかりの眼でクドを見つめている。
「それ、来い!」
 何も言わないでも、鈴は気持ちを察してくれたのか、二匹の遊び相手を買って出てくれた。
 鈴が駆けていくと、二匹はぴょんぴょん跳びはねながら、ついていった。
「やっぱり鈴さんは優しいですね~」
「そうだね。すこし休む?」
「はい……あ、直枝さん」彼女は真剣な顔になって
「近くに寄らないでくださいね?」
「はいはい」
 最初は、こんなこと言い出して、いきなりどうしたんだろうと思ったのだが、汗をたくさんかいたので、そのにおいをぼくには気づかせたくないんだそうだ。
 中庭のベンチに腰かけると、悠然とそびえ立つ病棟が正面に見えた。
「くたくたです~……」
「クド、おつかれ」
「はい!」疲れているとはいうものの、最近室外に出られて嬉しいのか、機嫌が良い。
「リハビリ、すこしでも代わってあげられたらいいんだけど」
「どんと・うぉーりー、ですよ、直枝さん。でも、いつもいつも、そうやって言ってくれて嬉しいです。大丈夫ですよ。井ノ原さんや宮沢さんの方がもっと大変ですし、わたしなんか、看護師さんも優しい人ですし、なんとかやれてます」
「勉強の方もはかどってる?」
「はい!」
 ぼくは、クドのことを、心から真面目な女の子だと思う。
 彼女はベッドに寝ている間も、かかさず宇宙工学についての研究を進め、本をよく読み、英語の勉強をして、サイエンス誌の論文も見る。
 母親の事故と、テヴアの騒乱報道を受けて、一時期かなり放心していたけれど、どうしてなのか、彼女はちかごろ奮起し始めた。
 やれるだけのことをやろうと一生懸命努力する彼女は、その小さい背丈からは信じられないほどのエネルギーを持っているように見える。
 実際に、満足に動けないのを「ぎゃくに気が散らないで済むんですよ!」などと笑って吹き飛ばしてしまうんだから、ぼくも驚嘆するばかりだ。
 こうやってお昼ご飯を楽しみに待ちわびているのを眺めるばかりでは、普通の小さな、可愛い女の子としか思えないのだが。
「わー! 戻ってきました!」
 中庭を一周して、鈴が戻ってくる。
 だいぶ走ったらしく、鈴は息を切らしている。
「理樹っ! こいつらに、あちこちなめられたー!」
 ぼくとクドの笑い声が、夏の青空に響き渡る。
 もうすっかり彼女も、元気そうだ。

 クドから、リハビリと言えば真人や謙吾の方が大変だから、様子を見てきてほしいと言われて、ぼくらは彼らの病室を目指す。
 いまだに疑問なんだけど、どうして病院側はあの二人を同室にしたんだろう?
 そしてさらに疑問なんだけど、どうして部屋の外まであふれ出すくらいの見舞いの花がいつもあるんだろう?
「鈴、いい?」
 いちおうドアを開ける前に、彼女に聞く。
「いやだ、と言ったら、あたしと帰ってくれるのか?」
「鈴だけ、先にご飯食べにいっててもいいよ」
「ううん」
 鈴は首を横にふる。
「そう。じゃあ、開けるよ?」
「ささみがいたら、やだなー……」
「いないよ。きっと」
「理樹はいつもそういうが……」
 と、その時、病室の中から、「あぁ~ん、宮沢さまぁ――っ!」という、ぼくらのよく知る女性の声が聞こえてきた。
 二人で重苦しい沈黙を作る。
「もういい、あけろ」
 我慢できなくなった鈴が、ぼくを催促して、扉を開けさせる。
「うわあ……」
 謙吾のベッドの周りに、群がる女子たち、女子たち、女子たち。
 対して、反対側のベッドでは、孤独に鉄アレイを上げ続けている、ぼくらの友人がいた。
「おう、よく来たな! 理樹、鈴!」
「真人。今日も豪勢だね」
「ん? ああ、あれでもだいぶ減ったんだぜぇ……ついさっき、オレがリハビリから帰って来たときなんか、もうすごかったぜ!」
 鉄アレイを投げ出して、真人が手振り身振りで現状を説明するが、じゃっかん血走っている彼の眼が、ストレスフルな様子を物語っている。
「何度言っても聞きやしねえ。迷惑なんだよ、謙吾!」
「おう、理樹が来ているのか? おーい、理樹!」
「話を聞けっつってんだよ!」白目をむいている。
 まるでモーゼの海割りのように、女の子の列がさっと割れて、中からじゃっかんやつれた様子の謙吾が現れる。
「や、やあ。謙吾」
「理樹、こっちに来てくれ!」
「いや、遠慮しとくよ……」
「いいから! ……ん? 鈴もいるじゃないか。鈴でもいいから、俺のそばへ来い!」
「いやじゃ! きしょい!」
「おーっほっほっほっほ!」
 溜め息が出る。
 待っていましたと言わんばかりに、中からぼくらのよく知る女の子の声がする。
「あぁら、棗さん。いたんですの? ちっぽけでみすぼらしくって、まるで気が付きませんでしたわ」
 取り巻きが笹瀬川さんのジョークにどっと笑う。それだけでこっちは耳が潰れるかと思うくらいだ。うるさすぎる。
「なんだ、さーさーさーか」
「笹瀬川佐々美です! あなた、わたくしの名前覚える気あるんですの!?」
 そこだけは笹瀬川さんに同情する。
「うっさい。さしすせそ」
「きぃ――っ!」
 名前だけでいじれるんだから、鈴も楽だろう。
「もう許しませんわ! おまえたち! やっておしまいなさい!」
「はい、佐々美さま!」
「って、ここでやるの!?」
「あぁら、直枝さん? 気が利きますことね。おまえたち、とりあえず棗鈴を中庭に連れ出しなさい!」
 言われるまでもない、と言わんばかりに、取り巻きは鈴を捕らえにかかる。
「な、なにすんじゃー!」
「おーっほっほ! トロいですわね、棗鈴! そのまま中庭へ連れて行って、たっぷり今までの返礼をしてさしあげなさい!」
「はい、佐々美さま!」
「やーめーろーっ!」
 一瞬、助けないとだめかな――と思ったが――。
笹瀬川さんの取り巻きの物腰の弱さを思い出して、やめることにした。
 たぶん、パンチがかすっただけで泣き出してしまうお嬢さんたちだから、鈴なら楽々と逃げてこられるだろう。
 案の定、連れ出されて数分もすると、鈴がけろりとした顔で戻ってきた。
「な、なな、なんでですのっ!」
「あいつらに猫缶やったら、ふつうに仲良くなった」
「な、なんですって!?」
 毎度のことながら、取り巻きの人たちの人の良さにびっくりする。
「みんなで、病院に通っている野良の猫に餌をやったんだ。楽しかったぞ」
「佐々美さま、申し訳ありませーん!」
「ええい、あなた方なにをなめられてるんですの!? なんです、猫なんか、かまうんじゃありません!」
「でも佐々美さま、すっごく可愛いんですよ……」
「こんなちっちゃい赤ちゃんと、ふくよかな体のお母さんなんですよ!」
「ミーミー鳴いてるんですよ! わたくしの手の中で、ミー、ミー、ですよ!」
「ええい、おだまりぃ――っ!」
 笹瀬川さんにちょっと親近感を感じる……。
「こうなっては、決闘ですわ! 棗鈴、決闘なさい!」
「なんのためにおまえと決闘なんかせにゃならんのだ」
「宮沢さまの第一のご友人の座をかけて、ですわ! あとおまえがいつもいつも腹立つことをわたくしにしてくるから、ですわよ! ほんとうにうんざりしてるんですの、わたくし!」
 そりゃそうだろう。
 この際、笹瀬川さんの味方をしてやりたいくらいだ。
「べつにあたしとは関係なく、おまえは謙吾とべったりじゃないか」
「うるさい! いつもいい雰囲気のところであなたが現れるじゃない!」
 それは確かにそう思う。
「そ・れ・に……わたくしはあなたのことがいろいろと嫌いなんですわよ! 個人的に!」
「あたしもおまえなんか大嫌いだ」
「いいですわ! 中庭にいらっしゃい! わたくしが負けたら、あなたのお願いなんでも聞いて差し上げますわ! 宮沢さまから離れろなど……それはほんとうにすごく嫌ですけれど……あとは、もう二度とあなたの前に姿を現さないなど、いかがかしら? それはわたくし的にご褒美になるんですけれど! おーっほっほっほっほ!」
「そんなんべつにいいから、おまえの財力を使って、あたしにバカ高い昼飯をおごれ」
「まっ! あなたってばほんとうに嫌らしい人間なんだから! いいでしょう、その代わり、わたくしが勝ったら、二度とわたくしと宮沢さまの恋を邪魔しないこと! いいわね?」
「やった、昼飯だ」
「わたくしの話を聞いてない!?」
 二人とも最後の最後で仲よさそうにするのは、何でだろう? がやがやと騒ぎながら行ってしまった……。
 取り巻きの人たちも、バトルを見に行ったので、謙吾の部屋は自然と静かになった。
「はあ……」
 謙吾がやつれた表情でうつむいている。
「ったく、いつもいつもやかましいったら、ないぜ」
「おまえも経験してみればいい。これほどつらい修行があったらお目にかかりたいものだ……」
「真人じゃどう頑張っても……ね?」
「うおぉぉぉ――――っ!」
 謙吾が、ようやくすこしずつ落ち着いた眼差しを取り戻してくる。
「いや、毎日毎日すまないな。普段はこうじゃないんだが」
「今日はソフト部の練習がないみたいだね」
「ああ、だからいつも以上に大変なんだ」顔が緑色になりつつある。危険な徴候だ。
「理樹や真人のように、抜け出せる足があればいいのだが……」
 謙吾はまだ両足の骨折が治ってない。見るも痛々しい有り様だ。
「あいつらと来たらよ、お泊まりもするなんて言い出すんだからよ、こっちはたまったもんじゃないぜ」
「ええ、お泊まりって!?」
「理樹……ただの冗談だ。というか……冗談じゃなかったら……」謙吾は手で顔を覆い、「どんな恐ろしいことになるっていうんだ……」
 謙吾がふるえている……彼をここまで恐怖させるとは……。
「ったく、泣き言いいてぇのはこっちだってのによ!」
「真人はどう頑張っても無理だもんね……」
「言わなくていいんだよ! んなこたぁ!」
 半泣きである。
「真人と相部屋で、いろいろ助かることがあるんだ」
 突然そんなことを謙吾が言い出すもんだから、こっちは驚いてしまう。
「女たちが唯一怖がるのがこいつだからな……」
 謙吾は悟ったような表情で、
「泊まる、泊まるとわめいていた女どもも、真人も一緒だと気が付くと、とたんに顔を青くして帰って行く」
「てめぇぇ――! ケンカ売ってんのかこら!」
「真人、重傷人だから!」
「理樹! オレはっ、どうしてっ、もっとこいつみてーなイケメンに生まれてこなかったんだぁぁ――っ!」
 そ、そんなこと言われても……。
「オレも謙吾みてーにチヤホヤされてーんだよーっ!」
「真人も、ぼくは、かっこいい方だと思うよ」
「え、ほんとか?」
 ころりと泣き止む。
「うんうん。だって体も大きいし、筋肉もとってもバランスよく付いてるよね」
「へへ……そうかい?」鼻柱をこすりながら、「いやあ、理樹ったらよぉ、ほんと世辞はうめぇんだから……」
「そんなことないよ、真人はイケメンだよ。心のイケメンだよ!」
「そうかい、そうかい? いやーっ!」顔を赤くして、「だははは! 理樹に言われちゃ、しょうがねぇなー!」
「ただ女の子にモテないってだけで……」
「理樹、オレはもうどうしたらいいのかわからねぇ……」
 落ち込んでいる。
 あ、真実を言ってしまった……。
「真人、ぼく、応援し続けるから、真人のことが好きな女の子が現れるまで、待とう?」
「理樹よう……そんなやつ現れるはずないぜ……オレは孤独に死んでいくんだ……」
「真人は一人じゃないよ。だって筋肉がいるじゃない」
「きん、にく……?」
「そうだよ、筋肉だよ!」
 彼の上腕二頭筋を叩いてやると、とたんに彼の眼に生気が戻ってきた。
「そう、だよな……」可愛い我が子を撫でるように、上腕二頭筋をさすって「そうだよな! オレには筋肉がいる! 長い入院生活もまったく衰えなかった、オレの愛を注ぎ続けた、この、上腕二頭筋がある!」
 ベッドから立ち上がって、
「理樹、オレ、リハビリだけじゃ足りねぇ! ちぃっと筋トレしてくるぜ!」
「うん、行ってらっしゃい! ちゃんとお医者さんの許可は取るんだよ!」
「へっ! オレの筋肉愛を見せつければ、どんな堅物医者だって、協力してくれるに違いないぜ! ちょっくら行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
 真人も出て行ってしまうと、さらにこの部屋が静かになって、ほんとうに落ち着けるようになった。
「謙吾も、大変だよね……」
「理樹……わかってくれたんだな……」
 うっすら涙を浮かべているから、相当精神的に参っていたんだろう。
 真人のことも大好きだけど、謙吾も気持ちもわかってしまう、ぼくの複雑な気持ち、いったいどうしたらいいんだろう?
「怪我は?」
「まだぜんぜん医者も確定的なことは言えんそうだ」
 謙吾の怪我は、恭介に次いで二番目に重い。つい最近まで、完治できるかどうか、とまで言われていたから、相当だ。
 その後、どうやら思っていたより回復する見込みが出てきた、これならもとの状態に限りなく近づくだろう、と言われ、竹刀を握りしめながら泣いて喜ぶ謙吾を、ぼくは、ついこの間見たばかりだった。
「はやく学校に戻りたいなあ……」
「いま戻っても、つまらないよ」
 今は夏休みだし。
「いや、そうじゃないんだ」謙吾は笑いながら、
「はやく……なんていうか、だな……全部終わったんだって、実感したいんだ。もうあれは全部夢だったんだって……おかしな話かもしれないが……はやく学校で元気に笑うおまえや、鈴や、恭介たちを見て、安心したいんだ。俺たちはもとの場所に戻ってきたんだって……な」
「謙吾……」
「いかんな。落ち着いてしまうと、とたんに感傷的になってしまう。俺もまだまだ子供だ」
「ううん。そんなことないよ。謙吾はみんなの相手をしなくちゃいけないから、きっとそんなふうに物事を整理する時間が、人より足りてないんだよ」
「理樹」
「ぼくは、謙吾は、一生懸命がんばっている、そう思っているから」
「ありがとう、理樹……」

 鈴が戻ってくると、ぼくと鈴は、ひとまず食堂に行ってお昼ご飯を食べた。
 バトルは引き分け。
 取り巻きの人たちが、さっき世話した猫をまた発見し、バトルそっちのけで騒ぎ出したので、笹瀬川さんがやる気をそがれて、それに加え、さっき話を聞いたときから猫を可愛がりたくって仕方なかったと言い出して、鈴は完全に無視されたらしい。
「まあ、いいけどな」と鈴はけろりと話す。
「あいつのこと、べつに嫌いじゃないし」
「あ、それは本音、なの?」
「あ、いや」
鈴は顔を赤くする。
「なんでだろ……」
 深く考え込みながら、
「あいつのこと、嫌いなんだけど、いなくなったら、困るっていうか」
 ぼくは食事する手を止め、じっと彼女の眼を見つめる。
「あたし、事故があったとき、ずっと、真人とか、恭介とか、謙吾とか、こまりちゃんたちがいなくなったら、どうしようって考えてた」
「うん」
「それを思うとな」
 複雑そうにしながら、
「ささみもわりと、いなくなってほしくないって思った」
「そっか」
「とにかく、だ」恥ずかしさを紛らわすように「猫が好きなやつに悪いやつはいない!」と、鈴は彼女らしい名言を吐いて、ご飯をもぐもぐと急いで口に入れるのだった。

 ご飯も終わって、お茶もして、お腹もこなれてきたころ、ぼくたちはまだ今日会ってない人たちに会いに行くことに決めた。
 西園さんと来ヶ谷さんが、ここからすこし離れた病棟にいる。
 みんなと離れるのはすこし寂しいが、読書に最適なこの環境が素晴らしい、って西園さんが言っていたけど、なんか彼女らしいなと思った。
「西園さーん、来ヶ谷さーん、起きてる?」
 扉の前で、いちおう声をかけてみる。
「ん、理樹くんかい? 入るがいい」
 来ヶ谷さんなどは、もうすっかり慣れたもので、異性であるぼくがすんなり病室に入っても気にしない。
 西園さんは、いまだにパジャマ姿を見られるのをいやがって、ぼくを入れさせなかったり、シーツで顔まで隠してしまったり、反応が複雑だ。
「ちなみにまだ美魚くんが着替え中だがな」
「うわっ!」
 ドアをすぐに閉める。
 そうすると、やや小さな衣擦れの音がして、しばらくしてから申し訳なさそうな西園さんの声が、
「すみません、直枝さん。体を拭いている最中でした。……もう大丈夫です」
 来ヶ谷さんはもっと異性に対しての考えを改めるべきだと思う。
 溜息をつきつつ、ぼくはゆっくりと扉を開けた。
 恥ずかしそうに窓の外を眺めている西園さんと、こっちを見て、ニヤニヤする来ヶ谷さん。
「おや、鈴くんも一緒か」
 彼女は鈴に声をかけるやいなや、
「やっぱりお姉さんのところが一番快適だろう? ここは、静かでいい。ひとけもない。ちょっとやそっと、声を上げたくらいじゃ誰にもわからないぞ」
「寄んな!」
「いきなり変態っぽいこと鈴にしないでよ」
「なんだ、理樹くん。不平か? 妬いているのか? 大丈夫だ。次はきみだから」
「そんなことで焼き餅やくわけないだろ!」
「はっはっは。面白いなあ……退屈だったんだ。なにか、わたしたちに面白い話でもしろ」
 面白い話?
 またか……。
来ヶ谷さんはいつもこんな調子で、怪我人らしさがまったくない。彼女がどこか痛がる素振りをしたり、具合が悪そうになったりしているとこ、見たことがない。
「今日の具合は?」
「なんだそれは? つまらない。やり直し」
「ええー」
「もっとこう、われわれを楽しませようという意識はないのか? いきなりここで半裸になって、裸踊りをしながらゲスっぽい声で変態みたいなセリフを吐くとか。それくらい捨て身でかかってくれないと、将来通用しないぞ?」
「なんでぼくがそんな人間の尊厳ごと捨てなきゃいけないようなボケをしなくっちゃいけないのかもわからないし、それで通用するぼくの将来って一体何なんだよ!?」
「はっはっは!」来ヶ谷さんは大満足だ。
「それでいい。きみのツッコミは天下一品だ。それで鈴くんと一緒に夫婦漫才でもやるといいぞ」
「いや、しないからね?」
「なんだと? なら、わたしとがいいというのか? あるいは……」
 驚愕の表情で、
「そうか、そうか……理樹くんはクドリャフカくんとがよかったんだな……すまない……理樹くんの趣味を忘れていた」
「勝手に人の趣味を作るんじゃないよ!」
「はっはっは……違うというのか? なら、理樹くんは、おっぱいは大きい方が好みか?」
「なんで十七の男に、同い年の女の子がおっぱいの話を振ってくるんだよ!」
「どうして、って……?」信じられないという顔をしながら、
「理樹くんはおっぱいの話で今まで盛り上がったことはないのか?」
「どうしてそんな絶望したような顔をされなきゃいけないのかもわからないし、そもそもどうしてぼくがプレイベートの話をしなくちゃいけないんだよ!?」
「いや、正味な話、あるのか? ないのか?」
「ないよっ!」
 来ヶ谷さんは神妙な顔になって、
「……どう思う、美魚くん?」
「わたしは人のプライベートには介入したくありませんので」
 興味なさそうに吐き捨てる西園さんに対し、
「……だが、実は興味津々?」
「……まあ、男性が女性の秘密をネタに盛り上がる話は、古今東西ありますから……」
「理樹くん、美魚くんが赤くなったぞ!」
「や、やめてくださいっ!」
「撮れ! はやく写真を! そしてはやくわたしのパソコンに写メしろ! 加工して壁紙にする!」
「しないからね?」
 西園さんは恥ずかしさで顔を覆ってしまい、うなだれる。
 かわいい彼女の仕草に興味がないわけではないが、来ヶ谷さんの要求に従うわけにはいかない。
「なんだ、つまらんなあ」
「さっきから来ヶ谷さん、飛ばしてるねえ……」
「だってつまらないんだ、しょうがないじゃないか!」
「鈴がちょっと怖がってるから、すこしトークを抑えてくれないかな?」
「ふん」
 ぼくの背中に掴まって、ちょっとふるえている鈴。
「なにもしない。だから出ておいて、鈴くん。お姉さんと遊ぼう?」
「死んでもいやじゃ!」
「ああ、そんな鈴くんもかわいいよ……鈴くん……どうしてきみはそんなにかわいいんだろう……お姉さん頭がおかしくなりそうだよ……」
「やめてね?」
 ぼくが再び注意すると、来ヶ谷さんはふてくされてしまう。
「なんだ、なんだ! 保護者ヅラしおって。これは俺のスケだから、貴様にはやらん、そういうことか?」
「なんでそういうふうになるんだよ」
「来ヶ谷さんは、退屈なのです」
 西園さんが横から解説をしてくれる。
「来ヶ谷さんほど行動力がある人には、入院生活は酷だと思います。わたしや恭介さんも彼女の無聊を慰めようと努力しましたが……」
 彼女は首を横にふり、
「来ヶ谷さんの無聊を解消することはできませんでした」
「さあ、理樹くん、面白いことをしてくれてもいいんだぞ? たとえば……3の倍数の秒数だけ、アホになるというのはどうだろう?」
「何でだよ……あとむちゃくちゃハードル高いんだけど! 3秒間隔でアホになるとか、途中で精神が崩壊しそうだよ!」
「はっはっは!」おかしそうに、
「理樹くんのツッコミを聞いていると、なんだか癒されるなぁ……」
「こっちは疲れるだけだよ……」
 西園さんは文庫本を取り出して、
「わたしの場合、本の読書があるからいいのですが……」
「美魚くんの書物も、大変役に立ったのだが、いかんせん数が少なくってなあ……」
「来ヶ谷さんの読むスピードが断然速かったのが計算違いでした……」
 落ち込みながら、
「わたしは、寮の自室にそれなりの蔵書を所有していたのですが、その四分の一を家族にここまで運んでもらったんです。ですが……」
「一週間しかもたなかった」
 ええー……。
「ちなみに、わたしは三週間かけても、まだ三分の一も読んでいません」
「ど、どんだけ……」
「わたしは格別読むのは速いほうではないのですが……」
「くせなんだよ、わたしの」
 来ヶ谷さんは、すこしめずらしい、きまり悪そうな顔をして
「がむしゃらに勉強していたころの名残、というか……きみらと会うまでは、それこそもっと退屈していたからなあ……」
「来ヶ谷さん」
「とにかく、これではいけないということになりまして、それから、恭介さんが携帯ゲーム機を来ヶ谷さんに貸してくださいました。その後しばらくは、来ヶ谷さんも楽しく過ごしていたのですが」
「特別元気な日は、恭介氏の部屋にも遊びに行ったんだぞ」
「へえ……」
「それなんですが、また問題が……」
「やつと対戦をするのだがな、いかんせんやつが弱すぎて楽しくなかった」
「恭介……!」
「わたしは実際目撃していないのですが……そうとう、コテンパンにやっつけてしまったようですね。とても怒っていらっしゃいましたから」
 それは恭介から聞いたような気がする……ある日、ぼくがいつもみたくお見舞いに行った時、こちらに見向きもせずゲーム機にかじりついていたことがあった……。
 目が血走っていたので、なんだか怖くてその日はすぐ帰ったんだった……。
 あとから聞いたら、来ヶ谷さんとパズルゲームで勝負していたんだという。
「あまりにもやつが可哀相だったんで、わざと手を抜いてやって勝たせてやったら、子供のように喜んで肺を痛めていたぞ」
 恭介……!
「その後恭介氏から、いろいろロールプレイングとかギャルゲーを借りたんだがな……わたしは、自分でも知らなかったんだが……最短距離とか効率性とか、そういうものを自然と求めてしまうタイプらしくてな……やつは一ヶ月かかってもクリアできないと言ってくれたのだが、五日でクリアできてしまった」
 なんなんだよ、この人は。
「全アイテム発見、全ボス討伐、そしてコンプリート率100%だったそうですよ……」
 彼女はポン、と本を閉じて、溜息をつきつつ、
「わたしも微量ながら……好きな作家が創作している同人本などで、原作の存在を知って、勉強のためにプレイすることがあるのですが……」
 はやくも目まいがしたのか、手で顔を覆ってしまった。
「来ヶ谷さんは、まさにそういったものにおいては行動力がありすぎる上に天才的です……」
「きみほど感受性が豊かでもないし、人生を楽しむすべに長けていないのだ、わたしは」
「来ヶ谷さん……」西園さんは悲しそうに、「決してそんなことはないと思いますよ」
「わたしは悲しい」
 涙を流しながら……「どうしたら、きみみたいに幸福に生きることができるんだろう! ああ、美魚くん! わたしを慰めてくれ!」あれはたぶん嘘泣きだ。
 あ、
「く、来ヶ谷さん!?」
「そこっ! どうしていい雰囲気になってんの!」
「いえ、これは違うんです、直枝さん、誤解ですっ!」
「そうそう、誤解だぞ」
 西園さんの胸のあたりをなで回しながら言われても説得力がない。
「きゃ、きゃあーっ!」
「どうした、美魚くん。変なところには触っていないぞ」
「や、やめてくださいー!」
「なにやってんの!? オヤジかあんた!」
「理樹くん、わたしに美魚くんの肉体で慰められるのをやめて欲しかったら、なにかもっと面白いことを提案するがいい」
「た、助けてください直枝さん!」
 こ、こんなに必死な西園さん見たことないぞ!
 み、見続けたいがそうもいかない!
 
「これは、アーティスト唯湖ちゃんの出番、といったところかな?」
 と、いうわけで……絵を描いてもらうことにしました。
 学校に来ヶ谷さん所有のデッサン用具があるらしいので、後日それを取ってくるのを約束したぼくらは、取りあえずは持っていた紙とペンを彼女に手渡した。
「こいつ、とたんに静かになったぞ」
「集中力が素晴らしいですね」
「黙っていればかわいいのにね」
 ぼくは、さらにつけ加えて、
「そういえば、さっき自分のことを「唯湖ちゃん」って言ってたよね。来ヶ谷さんの名前って唯湖ちゃんなんだよね。かわいい名前だよね」
「黙ってろ。ファッキン小僧。ぶちのめすぞ」
 き、聞こえている……!
「そら……できたぞ理樹くん。きみのが」
「ええー、どれどれ」
 つ、疲れてるのかな……。
 何度見ても、これはぼくではなかった……。
「誰これ?」
「理樹くん(女バージョン)」
 理解できなかった。
「フリルとリボンはこれでよかったかな?」
「……かな? じゃないよっ!」
「なんでそんなに憤慨しているんだ? あ、おっぱいはもっとあった方がよかったか? それとも貧乳派か? わたしはバランスを重視したのだが」
「そんなことを言ってるんじゃないよ!」
「じゃあ、なんだ……もっときわどい格好じゃないといけないというのか? まったくこれだから……水着、着させようか?」
「いいよもう!」
 お願いだから、なにもしないでほしい……!
「理樹くん(水着バージョン)も、わたしの画力ならやれるはずだ。これを美魚くんの快癒祈願としてプレゼントすることにしよう」
やめろぉ――っ!
「ありがとうございます」
「あんたもなにお礼言ってんだよ!」
「ですが、よければ……代わりに描いて欲しい題材があります……」
 ひとの話聞けよっ!
「ぜひ、棗×直枝を……お願いしますっ!」
 なにお願いしてるんだよ!
「ふむ。着衣で……か?」
「いえ、できるなら裸体……ああ、いえ! 片方が着衣で、片方が裸体というのも……」
「美魚くんはエッチだなあ」
「やめろって言ってるだろ!」
「なんだうるさいなあ……。さあ鈴くん、きみはなにを描いて欲しい?」
「猫の絵を描いてくれればそれでいい」
「猫の絵か……それはつまり、ネコ耳を付けた理樹くんと恭介氏の絡み……ということか?」
 もうこんなところにはいられない!
「鈴、出るよ!」
 無理矢理鈴を引っ張って、出て行った。
「さよぉーならー」引っ張られながら手を振っている。
「はい。また、いらっしゃってくださいね」
「またな少年少女たち」
 さっさと扉を閉める。
「はあ……」
 溜め息が出る。
 来ヶ谷さんに新しい遊びを与えられたのはいいけど……あの二人を一緒にしていて、ほんとうにいいんだろうか?
 素朴な疑問だ……。

 今の訪問ですごく疲れたし、できたら帰りたいけど……たった一人、また訪れていない人がいた。
 ほとんど治癒しているから、すぐに退院ということになるとは思うけど。
「葉留佳さ~ん?」
 彼女の部屋の扉をノックする。
「ふぁ~い~」
「直枝です。入るよ~」
「ふぁ~い~」
 なにやってるんだよ。
 扉を開けると、元気そうな顔で手を振る彼女と、その隣で腕組みして、こちらを睨み付けている彼女の姉、二木さんがいた。
「あ、二木さん」
 無言で会釈される。
「あ、鈴ちゃんも~。やっほ~」
「やっほ」
「葉留佳さん、お見舞いに来たよ」
 ぼくらが近づくと、二木さんは椅子から立って、部屋の隅っこに行ってしまう。
 なにをするのでもなく、じっとぼくらのやり取りを眺めつつ、目を合わせると、すぐ窓の外を見つめるだけだ。
 実は、最近までこれがずっと居心地が悪かった。
 なんだか監視されているみたいで。
 ただ、ちょっとずつだけど、三枝さんのお姉さんの、彼女のことが分かってきたような気がする。
「鈴ちゃーん、鈴ちゃーん、会いたかったよ~!」
「会いたかったのか?」
 なんで驚いているんだろう。
「あたしは特に会う理由もないが」
「がぁーんっ!」
「はるか元気そうだから、べつにいいか、っていうぐらいで」
「が、がぁーんっ!」
「見るとぜんぜん元気そうだから、今度からもう来なくていいか?」
「ががが、がぁ――んっ!」
 メロディを付けて絶望効果音を発するから、ミュージカルみたいだ。それほど深刻でなさそうだけど。
「理樹」
「え、鈴、どうしたの?」
「はるかをいじるのが楽しくて、うそだ、っていうタイミングを見失った」
「ええー……」
 これだから……。
ぼくは溜息をつきつつ、
「ふっふっふ~……ひっかかりましたネ! はるちんの意識高いトリック作戦に!」
 特になにも考えてないに決まっている。
「畳みかけるように鈴ちゃんを懐かせますヨ! あ、そりゃっ! そぉれ!」
 意味がわからない。
「鈴ちゃん、かわいいですネ~! いよっ、子猫ちゃん!」
 ボキャブラリーが貧困すぎて引いた。
「鈴ちゃんかわいいよぉ~、鈴ちゃん……かわいいよぉ~……」
 ただの気持ち悪いおっさんになっているぞ。
「理樹、きしょいな、こいつ……」
「きしょいって言われたーっ!」
 当たり前だ。
「鈴ちゃん……ほんとうははるちんのこと大好きでしょ……? 分かってるんだから……そうやって、罵倒するのも、こ・い・の・う・ち……ね? はるちん、鈴ちゃんのこと、大好き~……」
「理樹っ!」
 今度はなんだよ。
「どうしよう! はるかに告白された……」
「ええー、今ので!?」

 葉留佳さんがはしゃいでいるのを見ていると、どうして彼女はまだ入院中なんだろうという気がしてくる。
「なんか、まだ様子をみたいそうですヨ」
 ヨーグルトを食べながら、もぐもぐ言うもんだから、聞いていてイライラする。
「怪我の再発の可能性がどうだって」
「このままずっと入院してろ。帰ってくんな」
「鈴ちゃん、どうして、はるちんだけにそんなに厳しいの……?」
ウルウルした眼で言われると、さすがの鈴も罪悪感があったのか、
「あ、ご、ごめ――」
「あそっかー! これも愛! イエス、ラヴ! いやー、はるちんって、かわいい子にモテまくってしょうがないですナー! でも女の子同士だから、行くとこまでいけないけどネ!」
 これにはかなりイラッとしただろう。両頬をひっぱり回され、こねくり回されていた。
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
 もうちょっと、頭にネジを何本か差し込んだ方がいいと思う。
 主にぼくらの心理衛生のために。
「いひゃいよ~」
「もし今のがあの馬鹿だったら、ハイキックしていたぞ……そしたらおまえの、小さい首なんか、ふっ飛んでいたかもしれない……」
 それは、さすがにどうだろう……
「ええー!? り、鈴ちゃん最凶番長説……」
「おい、はるか、ジャンプしてみろ」
「いやー、怪我人なんでどうも」
「そうか。じゃ、購買に行って、猫缶とあたし用のジャムパン買ってこい」
「しょーもなっ! 鈴ちゃんの番長イメージしょーもなっ!」
「う、うっさいわ!」
 必死に考えた結果がこれだからなあ……。
「ねーねー、鈴ちゃん」
「なんだ」
「ちょっとね、変わった遊びしない?」
「かわった?」
「うんとね、まず、わたしと鈴ちゃんが服を交換します……」
「やんなくていいから、鈴」
 そのまま逃げだそうっていう魂胆だろ。
「ぶー」
「ふてくされたってダメだから」
「つまんない、つまんな――いっ! もー、なんだよ、はるちんだって外出て遊びたいよーっ!」
「え、おまえ外に出たかったのか?」
 だからなんで驚いているんだよ。
「外ぐらい散歩できるじゃない」許可を取ればさ。
「ちっ……分かってねぇなぁ……」
 とたん、オヤジ顔になって、タバコをくわえるポーズをする。
「おい、火……くんねぇか……」
 そこから始まるのかよ。
「はるちんはさ、シャバの空気が恋しいわけ……オシャレして、めいっぱい遊んで、金を使って、買い物して……そういう、シャバの自由を、さ」
「もうすぐ退院できるんだから、もうちょっと我慢して」
「無理」
 断言された……。
「と、いうわけで、理樹くん、服交換しよ?」
「なにが、というわけで……なの?」
「なにがって?」
 相変わらず脈絡のない……。
「理樹くんが代わりに佳奈多と交代でもいいよ?」
 え、意味が分からない……。
「つまり、佳奈多がわたしの格好をして、わたしが自由に鈴ちゃんと外で遊んで、理樹くんが佳奈多のお見舞いするって寸法」
 無理がありすぎる……。
「どう? 完璧だと思わない?」
「葉留佳、寝なさい」
「んもーっ! ここで乗ってくれなきゃあ!」
「いいから、寝てなさい」
 今日初めてしゃべった二木さん。
 まったく動じる素振りがないので、自然と相手に有無をいわせない態度になる。
「ぶー」
 葉留佳さんもふてくされつつ、自然とベッドに入ってしまう。
「二木さん、ずっと葉留佳さんのお見舞いに来ているけど、勉強は?」
「何? 勉強があったら、葉留佳の見舞いに来るべきではないの?」
 そ、そんなふうに返されるとは……。
「いや、ちょっと心配で……」
「ここでしていますから」
 あ、そう……。
「葉留佳に勉強を教えるのも、ぎゃくに勉強になっているわ。この子が寝ているときは、自分の勉強ができるし……」
 まったく隙がない。
「この子の眠っている表情を見るのも、とても勉強になるの。今までこんな表情、知らなかったから……」
 さらりとのろけられるし。
「わたしには知らないことが多すぎる。だからここでこうして今『大切な勉強』をしている」
 あ、そう……。
「もし学業のことを言っているのだったら、それこそ心配いらないわ。あなたほど困ってはいないから」
 やっぱりいつもの佳奈多さんだった……。
「ねー、佳奈多。たまには休んでいいよ。朝から晩まで病院にいちゃ、ぎゃくに面白くなくない?」
 葉留佳さんの言うとおり、佳奈多さんは病院が閉まるぎりぎりの時間までいる。
 たまに泊まっていくこともあるくらいだ。
 そうじゃない日も、朝は鍵が開いた時間に来ているらしい。
「どうしてかしら? だってわたし、することないもの。あなたの傍にいることぐらいしか」
 さらりとポエム。
「勉強は……ここでしているよね。じゃあ、海とか?」
「海は大嫌いよ」
「プールとか」
「わたしの背中をあなたは知っているでしょ」
「あ……」
 葉留佳さんは、動揺しつつ、ぼくと鈴の顔を見るが、こっちは聞こえない振りをする。
「じゃあ、風紀委員会は?」
「副委員長に全権を委任しているわ。どうせもう引退よ」
「まだ二年生で?」
「だって、もう続ける理由もないもの」
 二木さんは、どこまでも隙がない。
「じゃあ……これからどうするの?」
「さあ? なんにも考えていないわ。あなたとゆっくりここで考えたっていいし」
「わたし、なんにもお姉ちゃんにアドバイスできないよ」
「そんなことないわ。あなたは、わたしに無いものをたくさん持っている」
 おかしい……二木さんって、こんな人だったっけ……。
「それって?」
「あなたには友人がいるし、恋をする心と時間がある。まだまだ学べることがたくさん残っているし、怪我だって跡が残らないって言うじゃない。それに、……」
 二木さんはこちらの視線を気にしつつ、
「あなたは年相応の優しさと気安さがあるから、これからだってたくさんの友達ができるはずよ」
「お姉ちゃんっ!」
 葉留佳さんは二木さんの胸に抱きつく。
 うん、うん……いい話だね……。
 とは、言うものの、
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは友達はいないの?」
 二木さんが、ゆっくり瞬きしたあと、固まった。
「お姉ちゃんもきっとたくさん友達できるよ! だって、」
「葉留佳……わたしはいいのよ」
「どうして!?」
 二木さんは、ゆっくり目を逸らした。
「どうして、って……」
「友達いないの?」
「べ、べつに? います!」
「でも、だったら、その人ともうずっと会ってないことになるよ?」
「たまにはメールしているから」
「え、女の子?」
「ええ、多分ね」
 多分!?
「いつ会っているの?」
「あなたの言うとおり、最近はあまり会ってないわ。でもとても遠くにいるから、それで仕方ないのよ」
「遠くって?」
「そうね……」
 二木さんは、感慨深そうに、目を細めながら窓を見つめる。
 今絶対、考えてる最中だろ。
「それは、なかなか会えないところ……かしら」
「ほんとうに~?」
「知り合いだったら、たくさんいるから!」
 あ、逃げた。
「知り合いって?」
「たとえば……そうね、風紀委員の後輩たち、とか」
「その人たちとどこかに遊びに行ったりするの?」
「そういえば、」二木さんは顎に手を置いて、「どこへも遊びに行ったりはしないわね」
「向こうから誘われたりは?」
「一回もないわ」
 この場にいる二木さん以外の人間の目が、点となった。
 良かったね、真人……きみだけじゃないみたいだ……。
 ここにもいるよ……。
「な、なに、その目は?」
「佳奈多、彼氏はいないの?」
「あいにくと、そういったものには興味ないの」
「ええー、作ろうよ!」
「今わたしは、葉留佳と一緒にいることしか考えられないの……許してくれる?」
「ダメ」
 二木さんの眉尻がつり上がった。
「あ、そう……?」あ、怒ったな。
「べつにいいわ。わたしの好きにするだけだもの」
「佳奈多は、」葉留佳さんは真剣な顔になり、「わたしにたくさん優しくしてくれた。怪我の具合だって、看護師さんみたく熱心に聞いてくれるし、汗も拭いてくれるし、お茶も淹れてくれた。面白い話もたくさん聞かせてくれるし……さっきもヨーグルトを、あーん、って食べさせてくれた!」
「ちょ、ちょっと、そういうことは言わないでよ! 他人もいるのよ!」
 あ、赤くなった。
 もしかして、さっきぼくたちが入る前のことか?
 ヨーグルト……そういえば、さっきのは食いかけだったなあ……。
「だめ! ちゃんと覚えてるもん! それに理樹くんと鈴ちゃんは他人じゃないし、友達だもん!」
「べつにそういうことは言わなくってもいいでしょう? 姉妹なんだから、当然のことよ」
「はるちん、今まで姉妹じゃないって思ってたっ!」
 いきなり叫んだから、一体どうしたんだと思ったが、そういえば二人には昔からの確執があったんだった……。
「葉留佳……」
「だから、わたし……佳奈多になんにもしなかったし、悪口とかも言ったし、ひどいことになっちゃえ、って、たくさんいたずらもしたし……それで、佳奈多ばっかりわたしに良いことしてくれるのは、不公平だもん!」
「葉留佳、」二木さんは、落ち着いた様子で、
「あなたからされたことは、もう何とも思っていないわ。だけど、……」
「わたしが自分を許せるかどうかは、別だもんっ!」
「あ、そう……」
 葉留佳さんも、二木さんも、自分が相手になにかをしてあげるのは得意でも、
「だったら、どうしろっていうの?」
 自分が相手に親切にされるのは、どうも苦手らしい。
「友達つくって」
「いえ、でもね葉留佳、友達っていっても、そう簡単には……」
「ここにいるでしょ?」
 ぼくと鈴の腕を掴んで、引き寄せた。
 そして、呆然としている二木さんの前に、立たせた。
「は?」
「ええーっと……どうも、直枝理樹です……」
「あ、どうも。なつめです」
 二木さんは、ぼくらを無視して(まあ当たり前だが)
「葉留佳、どういうこと!? 彼らと友達って!」
「リトルバスターズ、ね?」
「リトルバスターズなのは、分かっています。でも、わたしと彼らとは敵同士で……」
「もう敵同士じゃないよね?」
 まあ、それはそうだ。もう委員会を引退するっていうんだから……。
「そ、そうだけど……」
 そうして、じろじろとぼくの顔を見ながら、なにかを決心したように、
「さすがに、わたしにも友達を選ぶ権利があってもいいはずだわ」
「ええー!」
 さらりとひどいことを言っているぞ!
「ですから、棗さんとなら、友達になってもいいわ。でも直枝理樹はだめ」
「うん、それでいいよ、佳奈多がいいなら……最初はそうしよう?」
 それでいいのかよ!
「ありがとう、葉留佳」
「ううん、お姉ちゃん」
 おーい!
「じゃあ棗さん、あなたがいいと言えばだけど……その、友達に……なる?」
「べつにかまわんぞ」
「鈴ちゃん格好いいから、惚れちゃだめだよ佳奈多!」
「べつに女の子同士で惚れたりしません」
「ほほ~、聞いた? 理樹くん?」
「え?」
 ぼくって、会話に入ってもよかったの?
「異性同士なら、惚れたりするかもって、よー!」
「葉留佳!」
 ああ、そうか……。
「あなた、人をからかうのもいい加減にしなさい!」
 二木さんも、いたって普通の女の子だったのかもなあ……。
「いたい、いたいって! お姉ちゃん!」
「もう許さないわ! 直枝は直枝、敵の親玉なんだから、絶対に好きになったりしないわよ!」
「じゃあ、他の男の子とならいいの~?」
「それとはまた話が別です!」
 最近、彼女に対して感じていたことは、それなんだ。
 優しさとか、純情さとか、彼女からはほんの少しだけど、かいま見えるようになった。
 感情の露出のある二木さんは、やっぱり、怖くもなんともない、普通の葉留佳さんのお姉さんなんだってこと。
「わたしは、あなたと一緒にいたいだけって、言ったじゃない!」
 さらりと友達未満だって言われたのは、、ちょっと悲しいけど。
 まあ、姉妹仲良く、元気にやっている分には、いいのかな?

 ぼくらは、最後にもう一度だけ、恭介の部屋に行くことにした。
「恭介、入るよー?」
 すると案の定、中から女の子たちの黄色い声が大きく聞こえてきたので、鈴が怯えた様子を見せる。
 扉を開け放ってしまえば、鈴は逃げる踏ん切りがつかなくなるので、そのまま連れ込める。
「恭介。どう、調子は?」
 すると彼は、マンガから目を離して、こっちを見た。
 今日が休日だからか、いつもより多い訪問客を迎えて、すこし疲労したような笑顔を浮かべる。
「よお、理樹! おっ、鈴も一緒じゃねぇか」
 恭介は頬の傷跡を指して
「貴様の付けたこの傷、」自慢げに、「俺の勲章になったぜ……」
 女の子たちの黄色い声が上がる。
 毎度のことながら、意味不明だ。
「は……はやくこいつら、なんとかしろー……」
「はいはい、分かったよ」
 鈴がこのままだと萎縮して、普通に話せないので、恭介はひとりひとりの女の子に別れを告げて、帰らせる。
「ねえ、また来ていい?」
「何回でも来ていいんだ。俺はおまえのことをちゃんと待っているからな」
「ねえ、約束していたマンガ、今度絶対持ってくるからね!」
「おうよ! 眠れねぇんだから、早く来てくれよな!」
「わたしの今度来てくる服も、感想聞かせてよ!」
「おいおい、これ以上、どんなふうに俺を驚かせようってんだ? 今日だって、心臓が止まるくらい、綺麗なおまえだったってのによ」
「明日、朝一で来てあげるからね!」
「おうよ。おまえが起こしてくれよ!」
「わたし、次はもっと面白い話聞かせてあげるね!」
「おいおい、これ以上、俺をおまえの話に夢中にさせるんじゃねぇよ! でもいいぜ、待ってるからよ!」
 恭介……鈴が殺気だっているから、お願いだから……はやく!
「ばいばーい☆」
「はっはっは……」
 女の子たちが扉を閉め、去っていったとたん、恭介は鈴に頬をつねられていた。
「い、いってぇ! 何しやがる!」
「さっさと帰らせろ、この馬鹿兄貴!」
「だから、すぐに帰ってもらったじゃないか……」
「ふん」
 鈴は腕組みしながら、
「また新しい女をつれこみおって……」
「仕方ないだろ? 今日は部活組が多かったんだよ。毎日、この俺の回復を願いながらスポーツに励んでいるらしいから……会ってやらなくっちゃ、な」
「おまえ、いっちょ彼女でも作ったらいい」
「どうやって作れと?」
「知らん。でもそれで、あたしの周りが静かになればいい」
「結局おまえの利益にしかならんじゃないか……すこしは努力するよ」
「兄貴ぃー」
「ん?」
「あたらしーマンガ、貸して」
 恭介は、枕元から数冊のマンガを取り、
「おい、いいか? おまえがこいつを持っているところを、どんな女にも見られるんじゃないぞ……」
「分かっとるわ」
「知り合いの女が貸してくれたんだからな……俺はもう読んだから、おまえに貸すんだからな……」
 分かってはいるけど、ちょっと恭介のことが恐ろしい……。
「まあ」ちょっと不機嫌な様子で、鞄にそれをしまう鈴。「ばれちゃっても、べつにいいだろ」
「おい、よかねーよ!」
「ちょっとは取り巻きがいなくなればいい」
「なに言ってんだ? おまえを可愛がってくれるやつもいるんだぞ」
「あ、じゃ、それ以外で」
 恭介は溜息をついて、
「ったく……」ベッドに横になった。
「おまえも好きな男でも見つけて、すこしは献身生を身に付けるといい」
「むりだな」
「料理ができない女はモテないぞ?」
「この前、林くんに告白されたけど」
「なっ!」
 突然力を入れて起き上がったため、恭介は痛みの走る胸を押さえて、うずくまった。
「い、いってぇ……!」
「すぐに断ったけどな」
「鈴、」ぼくは驚いて「そんなことが、あったんだ」
「おまえも知ってただろ?」
「いや、さすがに告白までは……」
 鈴と仲の悪くない子は知っているけど……、
「それでおまえは、そいつのことをどう思ったんだ!」
「うん。まあ、いいやつだけど、彼氏ではないな」
「あ、そう……」
 また一気に脱力して、ベッドにゆっくりと横になる。
「驚かせやがって、こんちくしょう」
「どうしておまえが驚くんだ」
「うるせ……」
「おまえが言ったんだろ、好きな男でもつくれって」
「誰でもと言うわけじゃないさ」
 その言い方にかちんときたのか、
「かってなこと言うやつだ……」
「ふん」
 恭介は複雑な表情を作る。
「兄貴の俺が、貴様に指図してなにが悪い」
 鈴はかんかんになって、
「このあほーっ!」
「わわ、ちょっと!」
 また鈴が飛び出して行きそうだったので、慌ててぼくは彼女の腕を掴んだ。
「はなせっ! 理樹!」
「ちょっと待ってよ! どうしてケンカになっちゃうんだよ?」
「うっさいわ! もう二度と退院すんな、この馬鹿兄貴-!」
「鈴! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」
 恭介は止めなかった。
 ただ、すこし疲れた目で、こちらをじっと見つめていた。
「理樹……いいよ。鈴の好きなようにさせてやれ」
 ぼくが手を放すと、鈴はすかさず部屋を出て行ってしまった。

 恭介は、夕暮れの空をじっと見つめながら、
「あ、いてぇ……」
 胸を押さえて、苦い顔を作った。
「大声出しちまったからな……」
「恭介、なんだか鈴と、うまくいってないの?」
「うーん」
 恭介は、まるで遊びを考えるときみたく、素の表情になった。
「どうかな。ただ……ずっと遊んでない気がするな」
「どうして?」
「どうしてって、みりゃわかるだろ」
「ああ」
 恭介は足を指差す。そして、胸を、背中を。
「あとは残るが、回復できそうだってのが、奇跡的なくらいだぜ」
「女の子たちから逃げられないんだね」
「理樹、それは違うな。俺はあいつらのことが好きだ。みんないいやつだ……ただ、学校にいたころは、それからでも鈴と一緒に遊ぶ体力があった」
 恭介は言った。
「今は」あくびをしながら、「彼女らと話をするだけで、眠くなっちまう」
「鈴は、多分」
 ぼくは頭を押さえて、
「恭介のことが、大好きすぎるんだよ」
「おいおい。焼き餅やいてるってのか?」
「きっとそうだよ」
「そんな女子高生、聞いたことないぞ」
「恭介が鈴をそうさせたんだよ」
「ほんとうなら、おまえがそうあるべきだと思うがな。俺の座を奪い取ろうとする気はないのか?」
「奪い取るって……」
 ぼくは苦笑しながら、
「ないよ……鈴にとって恭介は、特別中の特別なんだよ……ましてや、恭介みたいないいお兄さんなんだもん」
「ふん」
 恭介は、女の子たちが残していったアイスの袋を、こっちに投げた。
「鈴にやってくれ」
「恭介、これ」
「こっちはおまえの」
「わわっ」
 恭介は、仰向けになって、足組みした。
「今日はこんなに……」
「食うことができない、なんて、言えないからな」
「ちょっとぐらい、……」
「はやく食いたいよ」
 恭介はさびしそうに笑った。
「はやく鈴と一緒に遊びてぇなあ……」
 ぼくは服についた埃を取って、ちょっと思ったことを聞いてみた。
「恭介。今日、来ない方がよかった?」
 恭介は驚いて、
「いや。そんなことないぜ? 来てくれて嬉しかった」
 彼は鼻の上をかいて、「だけど……」
「鈴をどこかデートに連れて行ってやれたら、満点だったな……」
「自分は会えないのに?」
「ばか野郎」彼は笑って、「鈴が楽しみに思っていることを、やってやれなくっちゃ」
 ぼくは言い返して、
「鈴はみんなに会いたいと思って、ここに来ているんだよ」
「そう思って、いいことあるか?」
「どうして?」
「いいか、理樹。鈴だって女の子なんだよ。もうちょっと……想像力がないとだめだな、おまえは?」
「想像力とか言われても」
 いつもぼくの方が落ち着いていると思っていたから、余計に。
「あてにならないか?」
「そうじゃないけど」
「理樹、今日はいいよ。でも鈴の顔をよく見てやってくれ」
 それは恭介の役目じゃないか、そう言おうとしたところ、
「俺がいない分、おまえに全部任せてあるんだからな」
 恭介はカラカラと笑いながら、言うのだった。
「べつに恋人になれなんて言ってねぇよ。ただ、ちょっと遊び相手になってやるだけでいいんだ」
「恭介。ぼくは、……」
 鈴のこと……
「……ううん、なんでもない」
「鈴の相手をするのは、いやか?」
「そんなことないよ」
 ぼくは恭介の気持ちに察しがついたので、すべてに納得がいったような気がした。
「改まって、思ってる。今日、鈴をどこか遊びに連れ出してあげればよかった」
「そうだぜ」
 恭介は喜んだ様子で、
「鈴をエスコートしてやれよ。男らしくよ」
「恭介みたいにはいかないけど」
「ばか」
 彼は笑った。
「それで、悪いわけあるか」

 ぼくと鈴は、その次の日には、お見舞いに行かなかった。
 どこかに行くあてもなかったけど、それでも一歩を踏み出そうと……。
 映画やカラオケには行かなかった。
 たぶん鈴が退屈しちゃうと思ったから。
 さいわい、空が綺麗に晴れわたっていたから、河の流れに沿って、河川敷を散歩するだけで楽しかった。
 そういえば、恭介はいつもこうやって、ぼくたちを外に連れ出して行ったっけ。
 なにもないところで、なにかを生み出す力に長けていた。
 それがいつも楽しかった。
 ぼくも鈴と同じように、彼のあとをずっと追っていたのだろうか。
 
 鈴は、その次の日、恭介に会って、真っ先にぼくと河原で遊んだことを話した。
 それが何故か、自慢げで、嬉しそうで、幸せに満ちあふれていて、ぼくは、
 ああ、そうか――。
 と、とあることがすんなり理解できた。
 
 それからすぐに葉留佳さんと、その四日後に小毬さんが退院できたので、鈴と二人で出かけるデートはそれっきりになってしまった。
 でも、事あるごとにぼくは、あの日の鈴の笑った顔を思い出している。
 それくらい、特別な瞬間だと思った――。
 
スポンサーサイト
2014.08.18 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://domtom.blog.fc2.com/tb.php/65-ae9212f1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。