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小説・文学系の話題が主。ときに自作を載っけたりもする予定。ときにリアル話題。

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 ぼくと小毬さんと鈴は、ひとまずぶらぶらして、コーヒーカップとか、メリーゴーラウンドなど、二人が喜びそうなやつに乗って楽しんだ。
 ちょっと、ぼくに限っては、恥ずかしかったけど……。
 それにしても、すごい人の数だ。
 真人や謙吾だったら、特徴的だし、背も高いから、すぐ見つかるだろうと思ったけど、ぜんぜん見当たらないな。
「理樹! 次はあれやるぞ、あれ!」

 鈴がはしゃぎながら指を差しているのは、ゴーカートサーキット。
 おや。あれならぼくも楽しめそうだ。
「うん、いいよ。小毬さんは?」
「ううん。わたし、ああいうの苦手で~……ここで見てるね」
「確かに、ちょっと過激かもしれないね。わかった。じゃ、すぐ戻るね」
 小毬さんとはひとまず別れて、ぼくと鈴は列に並ぶ。
「いよう!」
 と、横から、よく知った声が聞こえてきた。
「そこの似合いのカップル、俺の挑戦を受ける気はないかい?」
 こんなことを言うやつは、たぶん一人しか――。
「恭介!」
 恭介と思しきサングラス男は、すぐたじろいだ。
「ちっ、違う、俺は、棗恭介という男じゃない! ジャスティン・田中だ!」
「なにやってんだ? ばか兄貴」
 恭介はずっこけていた。
「ジャスティン・田中だって言ってんだろ! 泣くぞこら!」
「じゃあ、ジャスティン・田中さん。めざわりなんで、あたしらに構わないでくれませんか?」
「ほほう」
 鈴。
 鈴ってさ、最近、結構強くなったよね?
「手厳しいお嬢さんだな? じゃあ、そこのナイトはどうだい? 俺の挑戦を受けないかい……?」
 どうせ受けないという選択肢を選んだら、また駄々をこね出すんだろ。
「いいよ、恭介。受けて立つよ」
 それに恭介との勝負なら、いつでも楽しい。
「だから恭介じゃ――っと、そうかい? それならひとつ賭けをしようじゃないか」
「賭け?」
「俺とゴーカードで勝負をし、勝った方が、そこのお嬢さんと一日デートするってのは、どうだい?」
 またむちゃくちゃな。あんたの妹じゃんか。
 べつに何でもいいんだけど。
「いいよ、それで。受けて立つよ」
「決まりだな! ひゃっほう!」
 恭介の笑み。
 強い笑みだ。
 彼はきっとものすごく強い。
「理樹! あたしをあんなやつとデートさせるな!」
 また恭介がずっこけている。
「別にいいだろ! あんなやつとは何だ、これでも俺は――」
「おれは?」
「俺は――かつては、マスク・ザ・斉藤と呼ばれていた男だぜ?」
 意味不明だった。
「いいかげんにしろ、この変態兄貴」
「お嬢さんよ……ちょっとは、その兄貴とやらを敬ってやったほうがいいぜ? 同じ男として、あまりにも哀れだからよ」
「だから、おまえがそうじゃないか」
 恭介はしばし思案し、
「おい……ウソだろ……? バレてるっていうのか……」絶望していた。
「しゅーかつはどうしたんだ?」
「!」あわてて咳払いし、
「いやー、すげぇ偶然だなあ! ちょうどよく俺たちの番になったぜ。じゃあ、軽くルールを説明させてもらうぜ!」
 恭介……。
「ここのサーキットは、1プレイで3周までだ。俺たちのレースもそのルールに合わせるとする!」
 恭介はサーキットに乗り込みながら、
「ゴーカートは他の人の分も合わせ、全部で8台走ることになる。あとこのマシンには、アトラクション用だからか、バック機能はついてねぇから気を付けな。つまりコースアウトしたら、もうそこでほとんどリタイアだ」
 恭介はとあるゴーカートに乗り込んで、
「さ、自分のマシンを選べよ」
「ひとついい?」
「どうした?」
「恭介――何回もこれで遊んでるんでしょ」
「……」
 恭介は目を逸らした。
「さっ、早く選ばねぇと、時間切れになるぜ?」
 そうなんだね? 絶対そうだよね??
「あたし、これにする」
「お、それかい」
 恭介はにやにや笑いながら、
「お嬢さんも、いちおう勝負に参加して構わないぜ……つまり、おまえとお嬢さん、どっちかが、俺より上の順位になったら、そっちの勝ちだ」
「兄貴ぃー」
「ん? なんだ? ――って、俺はおまえの兄貴じゃないっつうの!」
「あたし、レースゲームけっこう得意だったの、覚えてないか?」
「あ?」
 恭介はしばし思案して、
「ふん」冷や汗を流しつつ、
「現実とゲームは違うってことを、たった今から思い知らせてやるよぉ!」
 恭介、それ、負けフラグだから。
 
 ぼくも取りあえずゴーカートに乗り込むことにした。
 スタッフの人に操作方法を教えてもらい、シートベルトをしっかり装着した。
 うーん。
 これ、いわゆるおもちゃみたいなものだから、操作がかなり単純化されていて、ぎゃくに難しいぞ。
 恭介に勝てるかな……。
「ふっふっふ」
 彼は不敵にほほ笑んでいる。
「ま、ただのゲームに過ぎないからよ。普通に楽しんでくれよ」
 彼の挑発には乗らないことにする。
 確かに、これはただのゲームだ。
 でも鈴は、ぼくが守るって決めたんだ。
「守る」、か……。自分が守っている、なんて自覚はあんまりないけれど。
 そうやすやすと、他の男の人なんかに渡さないぞ。
 シグナルが順々に灯り出す。
 エンジンの鼓動が響き出す――。
 青になったとき、ぼくらは一斉にスタートした。
「いやっほう!」
 真っ先に恭介が抜けた。
 同じ性能のはずなのに、なぜだ?
「くそ!」
 思いっきりアクセルを踏んで、きわどいコーナーに突っ込んでいく。だが乱暴な加速をしたぼくのカートは、曲がりきれずに隣の人と接触してしまう。
 だが、そのおかげで、運良くたいした減速もコースアウトもせずに、まだレースに残ることが出来た。
 そのアドバンテージを利用して、ぼくと恭介は後続を突き放した!
「ひゅう! きたねぇ野郎だな! だが、その手段を選ばねぇ感じ、いいぜ!」
「ごめんなさい、さっきの人!」
 次のコーナーもぼくらは鋭く曲がっていく。
 じゃっかん彼を追い抜くが、次のコーナーでは巻き返される。
 そのまま何回も抜きつ抜かれつをくり返していき、ぼくらはやがてスタートラインに戻ってくる。
 お客さんたちの歓声が聞こえてくる。小毬さんの応援も。
「あれ?」
 ぼくと恭介の争いのさなかに、後続との距離はどんどん縮まっていたみたいだ。追い上げてくる一台の赤いカートがあった。
 鈴だった――
「鈴!」
 3回の連続カーブで、ぼくと恭介は一時追い抜かれてしまう。
 鈴は、コーナリングが非常にうまかった。
 なるほど。……今、気が付いたけど、ほとんど似た性能のゴーカートで、相手を抜くポイントは非常に少ないんだ。
 コーナーと、接触と、そしてスタートダッシュだ。直線ではほとんど希望がない。
 いちばん重要なコーナリングがすごくうまい鈴に、ぼくらは勝ち目がない。
 下手に彼女と接触して、恭介に漁夫の利を取らせるのはまずい。かといって、彼は必ず彼女の隙を見つけてくるし、そうなったらおしまいだ。
 ぼくはさらにその間のわずかな隙を見つけて、飛び込まねばならない。
 2週目を完走する。これで最終ラップだ。
「がんばって~、鈴ちゃん!」小毬さんだ。
 今は鈴、恭介、ぼく、の順。
 鈴が1位になってもらえば、万事オーケーだけど、2位が恭介の状態をいつまでも続けさせとくのはまずい。チャンスがあれば彼はそれを見逃さないからだ。
 ぼくが彼女のフォローをしなきゃ。
 コーナリングでのコツも掴めてきたので、ぼくと恭介の距離はわずかに縮まる。
 しかし次のコーナーで、首位の鈴がちょっとしたミスをし、スリップしてしまう。
「あっ!」
「今だぜ!」
 恭介は鈴の真横を追い抜いていった。
 その際に、鈴のカートは振動した。……おそらく、通りすぎる時にわずかに接触があったんだ。そのせいで鈴のカートは減速してしまい、
「鈴、あとは任せて!」
 ぼくも彼女を抜いてくしかなかった。
 恭介をそのまま追走する。
 恭介を追い越すには、コーナーで接触するしかない。
 一か八か、そこに賭けるしか。
 だけど彼は、こういう時ほど嫌らしい。
 勝ち方を心得ているというか、相手がこういうタイミングに嫌がることを全部やって来るというか。
 ぼくが接触を図っていることを最初から見抜いていたようで、コーナーの際に、非常に嫌な位置取りをし始めた。
 わざと減速し、進行方向に覆い被さるように入ってくるため、ぼくは彼と接触しても、彼を前方に押し上げるだけで、ぎゃくに彼の加速を手伝っているだけになってしまう。
「ふーっはっはっはっは! まだまだだな、理樹! 先に行くぜ!」
 ぼくは大きく減速してしまい、後続にまで抜かれてしまう――
 
 ――結局のところ、恭介は1位だった。
 ぼくは……言いたかないけど、3位。
 いざこざで大きく減速したところを、後続の人に抜かれてしまって、一人追い抜かしたけど、それっきりだ。
 鈴は結局あの後コースアウト。さんざんの結果になってしまった。
「じゃ、」恭介は鈴の肩に手をかける。
「お嬢さんは頂いていくからよ」
「おい、兄貴」
「あ?」
「おまえもあたしらについてくればいいだけじゃないか?」
「ばっ――おい、いいか? これは男の勝負なんだよ!? 終わったあとの急なルール変更とか聞いたことないぞ」
「どうしてあたしがおまえなんかと一緒に遊園地なんかで遊ばなきゃいけないんだ」
「ったく……」
 もう正体を隠しおおせないとわかったのか、恭介はサングラスを取って、
「べつに遊ぶのもいが、おまえには、俺と一緒にやってもらわねばならないミッションがあるんだよ」
「ミッション?」
「そうだ……そのために助っ人としておまえを呼んだんだよ」
「理樹は?」
「理樹は……その時が来たら、な」
「あたし理樹とあそびたい」
「その時が来たらな」
「むう~」
「むくれんじゃねぇよ。お菓子買ってやるからよ。それに、勝負に勝ったのは俺だ」
「再戦きぼー!」
「アホか。再戦なんかするか。二度とおまえの得意なゲームではやらんしな」
 ぼくは、うなだれていた。
 情けない……。
 鈴を守るって、誓っておきながら……!
「きょーすけ。おまえのせいで理樹が」
「ん? ああ……おい、理樹」
 恭介に肩を叩かれて、
「ほら、落ち込むんじゃねぇよ。これはただのゲームなんだから、さ」
「でも恭介……ぼくは自分が情けなくて」
「おまえには、まだちょっと早かったんだって」
「でも、ぼくは二人の期待に応えたくって……」
 ぼくの言葉に、恭介は、ただ小さな笑みを浮かべただけだった。
 彼はぼくの頭を撫でて、去っていく。
「じゃ、ま、鈴は頂いてくぜ。おまえは小毬と一緒に取りあえず他の奴らを探しとけよ。こっちも探しとくからよ」
 鈴はじっとこっちを見つめている。
「鈴、ごめん」
「ばーか」
 !?
「べつに気にしとらんわ」
「え?」
「こまりちゃんをよろしくな」
 二人は行ってしまった。
 ぼくは、いったいどういうことなんだろうと思案しながら、とぼとぼと小毬さんが待っているところへ戻っていった。
 
 それにしても、なんて言ったらいいんだろう?
 恭介が突然現れて、勝負に負けて、鈴を攫われちゃいました、って……?
 いやいやいや……話が突飛すぎるじゃないか……。
 小毬さん、ぼくを軽蔑するかな。
「小毬さ~ん?」
 あれ? 呼んでも振り向いてくれない。
「小毬さん?」
 近づいていくと、さっきまで影で見えなかったところに、一人の男性がいて、その人と話しているのが見えた。
 あ、あれは――
「もしや……ナンパ?」
 ぼくは緊張した。
 まずい。
 鈴のことは、さっき守れなかった……。でも小毬さんだけは、絶対にぼくが守らなきゃ。
「小毬さん!」
 彼女が振り向いてくれる。「あれ? 理樹くん」
 彼女のそばに駆けつけて、とっさに彼女の手を握り、彼女に言い寄っている男を睨み付ける。
 うっ……美少年か。
 これは、勝ち目ないかな……。
「おや、理樹くん」
 はい?
 今、この人ぼくの名前を呼びました?
「り、理樹くぅぅ――んっ!」
「うわあ!」
 いきなり男性に抱きつかれたっ!
 な、な、なにごと!?
「理樹くん……ああ、なんて可愛いんだ……小毬くんのも素敵だが、きみのネコ耳も……はあはあ……はやく撫でさせてくれ……」
「ちょ、ちょっと、やめてもらえません!?」
 頭をなで回し始めたので、怖くなって、無理矢理その人を引きはがす。
「む?」彼は面白くなさそうに、「なんだ、その態度は。友人のこのわたしに向かって――」
「はい? どこかでお会いしましたっけ……?」
 彼は小毬さんと目を見合わせる。
「本気でわからないのか?」
 笑っている。
 はて?
「ゆいちゃんだよ~」
 え。
 はい?
 ぼくの思考は、止まった。
 
「理樹くん、可愛いなあ……ネコ耳はやしている理樹くんは可愛いなあ……」
 彼女はぼくの頭をいじっている。
「ネコ耳バンドという、小さなアクセントでこれほど変わるものなんだなあ……お姉さん、ちょっぴり理性失っちゃったよ……」
 いやまあ。
 こっちとしては、あなたの方が驚きなんですが。
「で、どうだね? このわたしの少年コスは」
「う~ん……」
 来ヶ谷さん。
 ……いい。
 ぼくが言うのもなんだが、ちょっと胸がドキドキしてしまう……背徳的で。
 でも、このエロティシズムはなんなんだろう? うまく言葉に表せない。
「なんだ。不服か?」
「そんなことないよ~。ね、理樹くん?」
 たぶん、サラシが巻いてあるんだろうな……胸の盛り上がりは言われるまで気が付かなかった。
 もともと彼女はモデルみたいで、足のラインも細くて長いから、男物のズボンやジャケットがすごく似合っている。
 髪はたぶん後ろに編み込んであるんだろう。そして学生帽のような帽子で隠してあって、前髪だけ少し眉にかかるくらいに下ろしてある。
 顔の造りは女性的だけど、背の高さ、そして服装から言って、男子のようにしか見えない。
 でも色気は抜群だ……卑怯だ、卑怯だ……。
「ゆいちゃんかっこいいよ~!」
「うむ。まあ当然だ」
 ただ、そこまで誇らしそうにされると、いつもの来ヶ谷さんに対して接しているみたいにしてやりたくなる。
「なんだきみは? ふてくされた顔しおって……自分より数倍も男らしいから、自分のプライドが許せんのか?」
「さらりとへこませないでよ……」ぼくは、うなだれて、
「いや、ここまで格好いい格好しているのに、色気がすごくて、背徳的なのは、いったいどうしてだろうって……」
「う、」
 みると、来ヶ谷さんは、赤くなって、顔を背けてしまう。
「い、いきなり何を言い出すんだきみは! ハレンチな!」
「理樹くん、背徳的って、どういう意味?」
「エッチだ! スケベだ!」
 まさか来ヶ谷さんからそんなことを言われる日が来ようとは……。
「おい、エロ野郎」
「はい」
 ぼくはエロ野郎です。
 ただ口から自然と出ちゃった言葉なんですけどね。
「今のわたしに魅力を感じているのか?」
「ああ、うん。まあ」
「そうか……」
 満更でもなさそうに、うなずいている。
「来ヶ谷さん。ぼくは……その、とにかく言葉がうまくなくて」
「ゆいちゃん。背徳的、ってどういう意味?」
「もっと友人に接するみたいに接すればいいんだ……」来ヶ谷さんは、オロオロと顔を背けながら、「どうして男と女ってことを思い出させるんだ……おのれ理樹くんめ……このわたしを手玉に取ろうとは……」
「ねえ! 背徳的! って! どういう意味!?」
 はっ。
 ぼくと来ヶ谷さんは、慌てて小毬さんの口を塞いだ。
 
「口惜しいから、理樹くん」来ヶ谷さんはぼくの肩を叩き、「取りあえず入場ゲートまで戻るぞ」
「ええー!?」
 どうして、そういうことになるわけ?
「そういえば、鈴ちゃんは?」
 小毬さんが不思議そうな顔をしていたので、ぼくは事の経緯を説明した。
「ええ~……?」
 小毬さんは残念そうな顔をしていたが、
「そっかぁ……じゃあ、しょうがないよねぇ……」
 ぼくもびっくりするくらいの寛容さを見せてくれた!
「恭介氏のことだから、後ほどまた接触してくるだろう」
 来ヶ谷さんはぼくの手を引き、
「さっ! いなくなってしまった鈴くんのことを考えても仕方ない! 行くぞ二人とも!」
「は~い♪」
 ねぇ、どうしてそんなにノリノリなわけ……?
 
 と、いうわけで、何故かぼくたちは入場門まで連れてこられました。
「そういえば来ヶ谷さん、さっきまでずっと仮装屋さんにいたの?」
「うん。そうだな」
 目が輝いていて、少しこわい。
「なんの遊びもせずに? たった一人で?」
「まあ、もともとわたしは一人で女の子たちを落としていくつもりだったからなあ」
 こわいって、だから……!
「いや、だが実に素晴らしい施設だと思わないか? 衣装もありとあらゆるジャンルのものが揃っていて、重ね合わせも自由だ。これほどわたし向けの店もなかなかないぞ!」
「小毬さん、ちょっとぼく、トイレ行ってくるね」
「あ、うん~」
 はやく逃げ出さないと。ここから……。
「ああ、理樹くん。ちなみにこの奥にトイレがあるから、そこを使うといいぞ」
 しまった……逃げ場がない!
「ここで再び仮装してもらうのは、理樹くん。まさにきみだ!」
 ええー!?
「言っただろう? わたしはいたくプライドを傷つけられ、口惜しかったと。だから、わたしはこれからきみで思う存分憂さ晴らしをすることにしよう」
 なんて言い草だ。
 この人には他人への配慮というものがないのか?
「せっかくだから、本気のセンスで衣装を選ばせてもらう。ここで待っていろ」
 来ヶ谷さんを待つこと数分。
「さっ、理樹くん。試着室に来てみろ」
「ねえ。どうしても着ないとだめ?」
「だめ」
「じゃあ、せめて、仮装コンセプトだけでも教えてもらえないかな?」
 個人的には、とても嫌な予感しかしないんだけど。
「理樹くん、じゃあこれを見てくれるか」
「リボン……」
 背筋がぞくっ、とした。
 どうしてかな……?
「さっ……怖いことしないから、おいで?」
「小毬さん。ぼくちょっと用事を思い出したから」
「遅い!」
 なっ――なにぃ……!?
 瞬時に背後に回られた……!
「このわたしから逃れられると思っているのかね?」
「いや、希望だけは、持っておきたいかなーと……」
「ふっふっふ」
 来ヶ谷さんは、さらにスカートとアクセサリーまでぼくに見せた。
「さあ、理樹くん……?」
 次の瞬間、逃げだそうとしたぼくの背中に、彼女の手が伸びてきた……。
 
「いや、ほんと、試着室にまで来られても困るんですけど……」
 いくら男同士に見えなくもないからといって、これは、ひどすぎる……。
「そうかい? ちゃんと着けられているか心配でね」
「はっはっは。来ヶ谷さんは心配性だなあ!」
「はっはっは」彼女は笑いながら、「それにね、逃げ出されないか心配じゃないか」
 ちくしょう、隙がない……。
「うーん……やはり、いいぞ!」カーテンを少し開けてこっちを見ている。「わたしが一番初めに見てみたいのもあるからな! いやあ、まさにきみは女装の才能があるぞ!」
 ぼくは地に手をつく。
「ん? どうしたんだい、理樹くん」
「お願いだからこれ以上へこませないで……」
「大丈夫。女の子にしか見えないから……」
「いや、だから……」
 改めて鏡に映る自分の姿を見る。
 は、は、は……。
 はあ……。
 どうしてぼくって、こんなに女の子みたいな容姿で生まれてきたの?
 今だけでいいから、真人や謙吾みたくなりたい。
「ウィッグの付け方はわかるかな?」
 ぼくはどうしても彼女にやらせたくなくて、自分で無理矢理被ってみた。
 ぼくの頭は小さくて、すごく変な感じがしたけど、なんとか綺麗に収まった。
「おおお!」
 ぼくが改まって自分の姿を確認するまえに、来ヶ谷さんが更衣室に飛び込んできた。
「お、お嬢さん! お手を――」
「誰がお嬢さんだよ」
 ぼくがぼうっとしている合間に、彼女はぼくの手を取って、甲に口づけをする。
「うわあ!」
「理樹くん……ああ、いや、お嬢さん……なんて素敵な人なんだろう……今日一日エスコートできるわたしは世界一の幸せ者に思います!」
「小毬さーん。ちょっと警備の人呼んできてくれる?」
 正直変態だと思った。
 
「おおおっ!」
 来ヶ谷さんの大変強引な要求により、小毬さんもお嬢様ふうに衣装替えをしていた。
 フリルのついたスカートに、可愛い靴、真っ白なタイツ、上半身はピンクの西洋ふうなラシャ生地の服。アクセントの胸元の小さなリボンが大変可愛らしい。
「花だぁ!」
 来ヶ谷さんは――もとい、ちょっと危なげな男は――いきなり叫び声を上げる。
「まさしく両手に花だ! 夢にまで見た光景だ!」
 夢でこんなところを想像していたのかよ……?
 来ヶ谷さんの日常に疑問しか浮かばない……。
「わ~! 理樹くん、すっごくかわいいね~☆」
「あ、ははは……」
「理樹くん、スカート、すっごく似合ってるよ!」
 どう言われたとしても乾いた笑いしか出て来ませんが。
「さっ、二人とも並んで!」
 一人興奮している変態に、並ばされる。
「こんなこともあろうかと、カメラを用意してきたのだっ!」
「お願いだから、それだけはやめてっ!」
「なにを言う? むしろ撮らんでどうする! なに、ただの記念だからっ!」
 と、変態は、奇妙な理論で押しとおそうとする。
「ゆいちゃん、ちょっと恥ずかしいよ~……」
 小毬さんもすこし苦笑い。
「む……そうか」
 そう言うと、渋々しまう来ヶ谷さん。「小毬くんがそう言うなら、やめておくか」
 ねえ、ぼくの意見は? ぼくが言ってもだめだったの?
「ならば! この旅行中、わたしは目の奥まで二人の姿を焼き付けておくとしよう! わたしは二人をずっと凝視するぞ!」
 こわいから、やめてくれませんか……。
 
 ほんとうはこのまま出歩きたくないけど、来ヶ谷さんがどうしてもとしつこいので、仕方なく外出することにする。
 来ヶ谷さんがちょっと化粧をしてくれ、これなら誰にもわかるはずがないから大丈夫、と念押ししたのを真に受けて……。
 ぼくは、すぐ次の瞬間、後悔することになる。
「うわっひゃ――――っ!」
 どこからともなく、よく聞いたことのある声が……、
「に、ににに、逃げるです――――っ!?」
「ちょっと待ちなさいよ、クドリャフカ! 葉留佳も! え……きゃあ――――っ!」
 な、なんだ?
 声の聞こえてきた方を見ると、そこはグロテスクな外観をしたお化け屋敷。
 見るだけで恐ろしい怪奇の洞窟のような場所から、よく知る女子三人の叫び声が聞こえてき、そして――
「で、出口ですーっ!」
 最初にクドが転げ出て、
「クー公じゃまっ! はやくどいて! なんか来るじゃん! ひ、ひゃああ――――っ! 誰かに髪つかまれたぁ――!? ふぇぇ――――ん!」
 二番目に、半泣きの葉留佳さんが、
「ちょっとあなたたち! どうしてわたしだけ置いていくの!? あれだけ服引っ張ってきたくせに!」
 最後に泣きながら怒るというすごい芸当をしながら二木さんが現れる。
 あ……。
 ど、どど、どうしようっ!
 小毬さんと来ヶ谷さんなら、必ず彼女らに話しかけに行くはずだ。
 共通の知人を装おってみようか? それとも、他人を装った方が?
「あ、理樹くんだっ! すごい、女装してるー!」
 バレてんじゃねーかすぐっ!!!
 来ヶ谷さんの嘘つきー!

「まさか、こんなところで再会できるとはな。葉留佳くん」
「姉御ぉ……」葉留佳さんは照れながら、「えへへ、姉御だけは最後まで分かんなかったなあ……」
「なに赤くなっているんだ?」
「いやあ……」
「どれ、もっと顔をよく見せてみろ」
「あ、姉御ぉぉ――っ!」
 なんだかいい雰囲気になっているけども。
 こっちは針のむしろだよ!?
「直枝さん……わふっ……どうして女の子の格好してるんですか?」
 いやいやいや、
「こっちが聞きたくってね……」
 できたら泣きたい。
「かなちゃん、さっきは大丈夫だった?」
「ええ、まあ……」
 二木さんにいたっては、目も合わせてもらえない。
「むしろ、今の状況の方が、ある意味嫌といいますか……」
「え、どうして~?」
「そこにいる、変態のせいですよ」
 ぼくのことか?
 いま、汚物を扱うように、あごで示さなかったか?
「え~。どうして? すっごくかわいいのに~」
「ある意味、それが気味悪くて、いやなんです」
 二木さんは頬をかいて、
「イメージが崩壊するというか、なんといいますか……」
「ねえ、二木さん」
「こっち向かないで。変態」
 ぼくは今すぐ生まれ変わりたい。新しい生命に。
 この人生は、もう半分くらい終了したと思う。
「わたしと目を合わせないでもらえる? 目が痛むから」
「そんなに拒否しなくてもいいのに~」
「直枝さん、すっごく綺麗ですよ!」
「ごめん。クド……あんまりうれしくないからさ……」
「クドリャフカ。あの男に話しかけちゃだめよ。それとなるべく目も合わせない方がいいわ」
 あんた、そこまでいうか?
「とにかく……どうして三人とも、先に行っちゃったんだよ? ぼくはてっきり、みんな一緒に回るものだと」
「わたしもです~……あ、でも、入場ゲートをくぐったらすぐ、葉留佳さんが走っていったので~……わふっ、あの、いえ、わたしはぜんぜん嫌じゃなかったんですけど」
「クドリャフカは悪くないわ。あの子ったら、勝手に連れてきて。ほんとうはわたしと二人で回るつもりだったんだけど」
 と、少し残念そうな二木さん。
「あの子が一人で無茶な計画を立てていたから、これは他の女の子たちを巻き込むわけにはいかないと思ったわ。さいわい、他の子と別れちゃっても、葉留佳はそれほど落ち込んでなかったけど」
 ほんとうにこの人、自分の妹しか眼中にないんだな。
「って、どうしてあなた、わたしたちの会話に入ってきているのかしら? さりげなく会話に入らないで」
 あんたが途中で入ってきたんだろ!
「とにかく、はやく着替えてきてくれる? まともに目も見られやしない……」
 ちらちら、とこっちを見るが、恥ずかしそうに、あるいは気味悪そうに顔を逸らしてしまう。
「う~ん。でも、ゆいちゃんが……」
「なんだね? このわたしを呼んだかね!」
 うわっ、来た。
「って……、どうしてあなたまで、そんな格好をされてるんですか!?」
「おや、佳奈多くん。どうだね? わたしのファッションセンスは」
 二木さんは、さらにもじもじとして、
「そ、それは……大変素敵な衣装だと思いますけど……でも男装なんて……」
「ん? きみはいったいどこを見ているんだ? わたしじゃない。理樹くんだ、理樹くん」
「ばっ!」ぼくを指差して言うので、二木さんは腕を振り回すという奇妙な反応を取って、
「ばかにしないでください! どうしてそんな気味悪いものを批評しなきゃいけないの! わたしは男が女の子の格好をするなんて、死んでも認めたくありませんからね!」
「う~む」
 来ヶ谷さんは、あごに手を置いて、じっと二木さんの様子を観察している。
「佳奈多くん、きみは――」
「な、なによっ! 人の顔じろじろ見ないでくれます!?」
「いや、いい」
 来ヶ谷さんは、何かを悟ったかのように、ニコニコした。
「佳奈多くんはとっても可愛いなぁ、と思ってね」
 一人合点したような態度を取る来ヶ谷さん。
「さ、ともあれ、だ」
 ぱちん、と手を叩き、「君たちもわたしたちと一緒に行動しないか? さっきから他の連中に携帯をかけても、ぜんぜん繋がらないし、ここは集まった人間同士、別れないでずっと一緒にいた方が、いいと思うのだが」
「はるちんさんせーい!」
「わたしもべつに構わないわ。ただ直枝理樹は着替えてくるか、ここからいなくなってね」
 いちいちぼくに言及するなよ。今自分のイメージを滅却しようとしているんだから。
「わたしもいいと思います。あ、でも……」クドは、ぱちん、と手を合わせ、「お腹すきましたし、どこかでお昼にしませんか?」
「うん。そうだね~」
 葉留佳さんや、二木さんはお昼を取ることに賛成してくれたのだが、来ヶ谷さんは反対意見をとった。
「君らは運動もしたし、腹も空いているんだろうが、わたしはまだ何のアトラクションにも乗ってないからな」
「えー、姉御! ずっと仮装ショップにいたの!?」
「ああ。悪いかね?」
 この人の情熱は、ちょっと異常だな……方向性にしても、質量にしても。
「だから、ご飯の前にちょっと遊びたい……で、見てみろ。素晴らしいアトラクションがあるじゃないか」
「え?」
 来ヶ谷さんは、早速逃げ出そうとする小毬さんの両肩を、がっちりホールドしながらお化け屋敷の入り口を顔で指した。
「ゆ、ゆゆゆ、ゆいちゃん!? わたしお腹すいてて……」
「我慢しろ。コマリマックス」
「ふ、ふえぇぇ~~ん……」
 哀れな小毬さん……。
「ねえ、もしかして、ぼくも?」
「ああ。お姉さんのお願いだ。きみがもし参加してくれたら、その女装は解いても構わないよ」
「じゃあ、ぜひ行かせてください」
 この女装さえやめられるなら、たとえ火の中水の中……。
「君たちもまた入るかい?」
「遠慮しておくわ」
「あっ、姉御! はっきり言っときますが、チョ~怖いですぜっ!」
「わふ~……」
 クドは光景を思い出したのか、直後に首を勢いよく振った。
「もう二度と入りたくありません……」
「それなら、一時的に別行動を取ることにしようか」
 来ヶ谷さんは、もう一度二つのグループに分け、ぼくらはお化け屋敷、葉留佳さんたちは、手頃なレストランを見つけることになった。
「終わったら携帯に連絡する。だから、携帯はよく見ておいてくれ」
 そうしてぼくと哀れな小毬さんは、お化け屋敷へ連れ込まれることとなった……。
 
「こ、こわいよ~……」
 入り口に辿り着く前から、小毬さんは震えっぱなしだった。
 さすがにこれは、彼女の心理的によくないのでは、と来ヶ谷さんに言ったのだが、
「大丈夫かい、コマリマックス」
「う、うん~……」涙をふきながら、
「でも、お化けとか苦手で~」
「大丈夫だ。お化けなどいやしない」
 勇気付けるように、来ヶ谷さんは小毬さんの肩を叩く。
「いたとしても、このわたしが守ってあげよう! なんせ、わたしが今日の二人のナイトだからな!」
 ねえ、それって、ぼくも入っているの?
「理樹くん……いや、理樹ちゃんは大丈夫かね?」
「普通に呼んでください」
 お化けとそれ、ダブルパンチで来られるとつらいですし……。
「じゃあ理樹くん。きみは平気かね? こういうの」
「いや、わりと無理……」
 子供のころ、何度も肝試しをやったけど、鈴に次いでぼくはお化けが苦手だった。
 ナルコレプシーが一番つらかった(衝撃を受けると、必然的に発作が起きるから)のもあるけれど、ぼくはそれに導いていく謎の存在、という認識をそいつらに持っていた。
 ま、軽いトラウマというやつだ……。
「きみは、もう症状は治ったんだったか」
「うん。たぶん、あの夏以来発作は起きてないから……大丈夫だと思うけど」
 なぜだか、遠い昔のことのように感じるが。
「なら、大丈夫だな」
「怖いのとは別なんですけど」
「なんだ。今さら、怖いだの何だのと……もう入り口まで来てしまったではないか。男だったら弱音を吐くな」
あんた、さんざんぼくを女扱いしたじゃないですか!
「おっと、われわれの番だ」
 話聞いて欲しいなー。
「ちなみに、わたしの幽霊耐性だがね、」
 来ヶ谷さんが話を続けようとした瞬間、暗幕の影から謎の人影が飛び出してきて、大きな衝撃音が鳴った。
「うわあ!」
「ひ、ひゃあ~~っ!」
 小毬さんが飛びついてくる。
「お、落ち着け! まだわれわれはスタートすらしていないのだぞ! 大丈夫だ……凝った仕掛けだな? 早速驚かしにかかってくるとは……」
 ぼくは小毬さんの髪をなでてあげる。
 ええっと、ほんとうに入る気?
 来ヶ谷さんは、もうパスを見せて、こっちを手招きしている。
 仕方ないか……。
 小毬さんは、きつく目を閉じて、さっきから子猫みたいにふるえている。
 中に入ると、まるで洞窟のようだった。
 低い天井、しめった通り道、重い空気、かさかさとした謎の物音、一度降りたら、もう二度と破ることの出来ないような沈黙が、ぼくらに降りてくる。
 来ヶ谷さんは、率先して先頭に立とうとした。
「く、来ヶ谷さん……?」
「下がっていろ。コマリマックス、理樹子ちゃん」
 頼むから、呼び方統一してくれます?
「話の続きだがな……」
 と、その時、火の玉のようなものが、前方を横切っていった。
「うわっ!」
「ふ、ふええぇぇ~……ん」
 小毬さんがへなへなと座り込んでしまう。
「ちっ……大丈夫か、コマリマックス!」
 そして、たぶん他のお客さんの声だと思うが、遠くから、複数の女性の悲鳴が……。
「ゆ、ゆいちゃ~ん……ねえ、もう出よう? 怖くて、もう歩きたくないよぉ……」
 小毬さんは、さっきからぼくの服を強く引っ張っている。
「大丈夫だ。火の玉なんてものは、いくらでも科学で証明できる」
「そういう問題じゃないと思うんですけど」
「わたしは進むぞ! 理樹子ちゃん、コマリマックスを頼む!」
 ねえ、ぼくの呼び名は理樹子ちゃんで決まったの?
「ふむ……不思議だ」
「どうしたの?」
「わたしは……なんとかして、この少女二人を守らねば、という気になってきた」
「たぶん、仮装のせいじゃ?」
「ああ、そうかもしれない」
 まあ、じゃっかん男らしくなった感はある。
 正直言い方に違和感あるけどさ……。
「止まって」
 来ヶ谷さんは、手をかざした。
「どうしたの?」
「しっ……なんか聞こえるぞ」
 ケタケタと笑い声を発しながら、通りすぎていく人影があった。
 遠くから子供の遊んでいる声。
 そして、バケツを高いところから落としたみたいな、おそろしい破裂音がした。
「ひ、ひいぃ~ん……」
 小毬さんが泣き出してしまう。
「ね、ねえ~……理樹くん~……」
「ん? どうしたの、小毬さん」
 大丈夫だよ。ただの驚かせる仕掛けだから。そう言おうとしたら、
「怖いから、手、握っててもいい?」
「ああ、うん――」
 そう言うと、すぐ彼女の柔らかい手が滑り込んできた。
 ぎゅっと、力いっぱい握られる。
「ね~、ね~、……」
「うん……」
「腕、ぎゅっとしてもいい?」
「いいよ……」
「えーいっ!」来ヶ谷さんが、我慢できなくなったらしく、
「いちゃいちゃするな、そこっ!」
 い、いやいやいや……、
「ゆいちゃんもしてもらった方がいいよ~……男の子だよ?」
「わたしも今、男だ!」
 さっき自分で言ったことと矛盾してない?
「だから、コマリマックス、腕を組むなら、わたしと組むがいい!」
「え~」
 彼女は、ぼくと来ヶ谷さんを代わる代わる見て、
「じゃ、みんなで手、つなご?」
 
 なぜか、三人で列になって、手を繋ぎながら進むことになりました……。
 小毬さんが一番怖がっているので真ん中、ぼくと来ヶ谷さんが左右。
「って、なにか違わないか?」
 違和感を唱えたのは来ヶ谷さんだ。
「これは、わたしの望んでいた形ではないのだが」
「え~?」
 小毬さんは、三人で手を繋いで安心したのか、ニコニコとして、
「楽しいよ~」
 来ヶ谷さんは、ちらちらとぼくの方を見て、
「ま、いいか……」と、少し残念そうにした。
 なにがだ?
「来ヶ谷さん、さっきからお化け耐性の話、してたがってたけど、」
「ああ」
 すこし不機嫌になった彼女の声がする。
「わたしは大丈夫だ。ただ、それだけを言いたかったんだよ」
「ゆいちゃん、強い子だからね~」
「そ、そうか?」
 なんで照れてるんだよ。
「コマリマックスに信頼されたからには、頑張らねばいかんな」
「かっこいいよ。ゆいちゃん!」
「あ、ああ! うむ、わたしはかっこいい! どうだ、理樹子ちゃんもそう思わないか?」
「思うけど――」
 いやはや――
「なんだ。少年、歯切れが悪いではないか」
 いやいやいや。
 何かのフラグにしか思えなくってね……、
「む?」
 しばらく、暗い道を進むと、緑の不気味な明かりがついた一画に出た。
 古ぼけた鳥居があり、蜘蛛の巣が張っている。
 そこを進むと、とたん、明かりがすべて消えてしまう。
「きゃっ!」
「ちょ、ちょっと小毬さん!」
 ほほが、ほほが……ぼくの顔に!
「来ヶ谷さん、大丈夫……?」
「も、問題ない!」
 ちょっとうわずった声の彼女。
「大丈夫か、コマリマックス」
「う、うん~」
「少年。もたもたしていたら、こやつらの思うつぼだ。どんどん進もう」
「う、うん」
 仕方ないけど、やるしかないか……。
「だがこう暗くっては、進みようがないな? 待っていても明かりがつかんということは……」
 とっとと進めということだ。
 怖いなあ……。
「わたしが先頭だ」
 来ヶ谷さん、頼もしいなあ。
 じりじりと、進行方向を手探りで確認しつつ、進んでいくと、いつの間にやら、ぼくたちは木造の床の上を歩いていた。
「音、……」
「うん」
 会話も最小限になる。三人とも息を飲んで、物音に耳をすます。
 ぎし、ぎし……と鳴る床の音。
 しばらく歩くと、小さな蝋燭の明かりが見える。
「行こう」
 小毬さんの、息を飲む音が聞こえる。
 明かりで照らされた場所を見ると、ここはどうやら、木造の建物の中のようだ。
 学校? それとも、別の建物か?
「ウヴァウ!」
 蝋燭の場所にたどり着くと、いきなり横から包帯まみれの男が走ってきた。
「き、きゃあぁぁ!」
 小毬さんはぼくにしがみつく、そして来ヶ谷さんはぼくらを引っ張り、もとの道へ戻った。
「おっ、おっ、……」来ヶ谷さんは呼吸を乱しながら、
「おどかしおってぇ――! ゆっ、許せん!」
 まさかの、脅かし役に逆ギレか!?
「だいたい、何だここは? 雰囲気ありすぎではないか! どうしてこんなにクオリティが高いんだ!」
 あのー……、
「来ヶ谷さん?」
「な、なんだ?」
「もしかして、ほんとうはこういうの苦手だった?」
 来ヶ谷さんは、飛び上がって、
「ば、馬鹿な!」帽子を取り、額の汗を拭い、それを被り直す……。
「ぜんぜん怖くなんかないぞ!」
 声、裏返ってませんかね?
「ただ、ちょっぴりここのスタッフが気を利かせすぎているから、感心していただけだ!」
 言い訳も、ちょっと苦しい……。
「変なこと言ってないで、行くぞ!」
 なにかを紛らわすように、大声を出して、進んでいく。
 怪しいな……。
「理樹くん~……」
「大丈夫だよ、小毬さん。さっ、ぼくの後ろに回っていいよ」
「ううん……横にいる……」
だって、と続けて、
「理樹くん、いなくなっちゃったらって思うと、心配で……」
「小毬さん」
「でも大丈夫~……手さえちゃんとぎゅっとしていれば、後は目、つむっちゃうから。ね?」
 か、可愛い……。
 なんて小毬さん、健気なんだろう!
 ぼ、ぼくが守ってあげねば!
「んおっほん!」
 と、来ヶ谷さんがわざとらしく咳払いをする。
「コマリマックスよ……」
「な、なあに? ゆいちゃん」
「わたしも男の子の名前で呼んでくれないか!」
 無茶ぶりが来た……。
「え? え?」
 小毬さんが、「う~ん?」と首を傾げながら、
「じゃあ、ゆうくん?」
「それで決定だ! 今からわたしは「ゆう」だ!」
 どうでもいい……。
「さ、行くぞ!」
 はいはい……。

 どうやら、ここは病院を模しているみたいだ。
 道々に蝋燭が置いてあって、それらの明かりをもとにあたりを見わたす限りでは、病院と思しき張り紙、そして治療に使う道具などが見つかったりした。
 来ヶ谷さんの言ったとおり、凝っている造りなのは間違いない。
 仕掛けもわりと多くない。が、その分不気味で、精神的にやられる。
「小毬さん、大丈夫?」
「う、うん……」
「来ヶ谷さん、ちょっとストップ」
 小毬さんが気分悪そうにしていたので、ぼくはずんずん前を歩く彼女を呼び止める。
「どうした」
「すこし、立ち止まった方がいいと思って」
「そうか」
 声が堅い。
 なんだか異常に疲れるところだ。
 楽しくないわけじゃないが、はやく出口に着いてほしい。
「だいぶ来たと思うのだがな……」
 胸元のボタンを開いて、パタパタと手で扇ぐ来ヶ谷さん。
「来ヶ谷さん、暑い?」
「いや? ただどうも汗をかいて……」
「冷や汗?」
「……な、なんだと?」
 そして、わざとらしく咳払い、
「理樹子ちゃんよ。きみは生意気なやつだというのがつくづくこのお化け屋敷でわかったよ」
「来ヶ谷さんが可愛い女の子だってこともね」
「ふ、ふん――」
 彼女は赤くなり、
「あとで、覚えてろ……少年」……そんなことを呟くのだった。
「ごめんね……もう大丈夫」
 小毬さんが笑顔を見せる。
 まだ顔が青いが、呼吸は落ち着いたみたいだ。
「そうか……もう少しでゴールだと思うんだがな」
 いくつか最後に仕掛けが残っているかもしれないな、と思ったぼくは、小毬さんの手を両手で包むように握る。
「理樹くん……ありがとう」
「気にしないで」
「いいなあ……コマリマックスは」
 何の気なしに洩れた一言が、ぼくの耳に届いた。
「来ヶ谷さん……?」
「ん。何だ?」
「何か言った?」
「な、何も――?」
 動揺している。
「わ、わたしは何も言ってないぞ! た、たぶん……」
 え、ええっと……。
「空耳じゃないか?」
 まあ、それならいいんだけど……。
「ふう、危ない危ない……」
 動揺しすぎて、独り言がだだ漏れになっているのは、気づいているのかな?
「このわたしとしたことが……」
「ゆいちゃん? どうしたの?」
「な、何でもないぞ、コマリマックス!」
「ゆいちゃん、顔色悪いよ?」
「ここの明かりでそう見えているだけだ!」
「そう……」
 わたしが……、
 わたしが、二人を守らねば……、
 また、そう聞こえた。

 手術室。
 どうやら、ここを通っていかないといけないみたいだ。
 他は全部鍵がかかっているから。
「ここも鍵がかかっていたらどうする?」
 扉に手を触れるのすらも怖くて、来ヶ谷さんがそんなことを言う。
「う~ん……脅かし役の人に助けを求めるとか?」
 来ヶ谷さんは呆れて、
「わたしは死んでもそんなことはせんぞ……」
「死んじゃったら終わりじゃない」
「いいか理樹子ちゃん。冷静に考えろ。これはアトラクションだ……霊的現象じゃない……いや、なにを言っているのか、わたしは……霊的現象など存在しない……オカルトなど……馬鹿げたことだ……」
 手術室の扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。
「開くな……」
「開くね」
「準備はいいか?」
「さっきからいいって言ってるじゃない」
「ぬっ……」
 来ヶ谷さんは、口をすぼめ、
「さっきから生意気なやつだ。ひょっとして少年、この場の空気に慣れおったな?」
「少しはね……」
 来ヶ谷さんはますます不機嫌そうに、
「わたしの計画はこうじゃなかったのに……」
 と言いながら、開けた。
 手術室には誰もいない。
 手術台の上に蝋燭が一本ある。
 明かりに照らされて、ぼんやりとだが、進むべき道と、さまざまな道具などが見える。
「気にするな……これは演出なんだ、演出……」
 来ヶ谷さん、目をきつく閉じている……。
「来ヶ谷さん、大丈夫?」
「大丈夫だ……大丈夫……」
 とても、そうは見えない。
「いや、だめだ……理樹くん……」
 半泣きの顔をこちらに向けて、
「わたしを、助けてくれ……」
 ぼくは、すぐに彼女の近くによって、手を握ってあげた。
「ぼくが先頭になるから……」
 小毬さんは、この部屋に入った瞬間からじっと目を閉じちゃってる。なんだか眠っているようにも見える。怖すぎて気を失っているんじゃないか……?
 ぼくは来ヶ谷さんに腕を貸す。そうすると、ぎゅっとしがみついてきた。
「ご、ごめん……理樹くん……痛くなかったか?」
 ぼくがびっくりしたのを、そう受け取ったみたいだ。
「ううん、大丈夫。来ヶ谷さん、もっと力込めてもいいよ」
「冗談言うんじゃない……いいか、ここのことは、外に出たら内緒だぞ……」
「わかってるよ」
「り、理樹くんめ……」
 ぶつぶつ言い始める。
「なんでこう、男の子らしいんだ……」
 スカートまで履いているくせに、と言ったので、ぼくは来ヶ谷さんに見えないように涙をふいた。
「り、理樹くん~……」
 片方の手が離れて、唐突に不安になったのか、小毬さんまで、腕にしがみついてきた。
「いいかな? いいよね? 理樹くん……」
「はい、はい……」
 二人とも目を閉じちゃっているぞ。
 ぼくが進むしかないみたいだな……。
 一歩、そして、また一歩、ちょっとずつ進んでいく。
 ううっ……。
 手術台の上に、黒い血のような染みがあるぞ……。
 ケチャップかな?
 そう思っておこう……怖いから。
「理樹くん、もう抜けたか?」
「まだまだ」
「おい、わたしをからかいたくて、そう言っているんじゃあるまいな?」
「じゃ、開けてみたら?」
「っっ!」
 すねを弱く蹴られた。
「なにするんだよ!」
「こう思おう……ここを明るい場所だと思うんだ……そうしていれば、怖くなど……」
「無理しなくていいよ。ぼくがちゃんと進むから」
「うう……」
 来ヶ谷さんは、こっそり「おのれ理樹くん……」と言ってくる。
 ぼくは溜息をついた。
 恭介がいればなあ……たぶん、ぼくも来ヶ谷さんみたいになっちゃってたと思うけど。
「ひっ!」
 棚がひとりでに開いて、たらいが落ちたので、大きな破裂音が鳴る。
 何ともない。
 ただのこけおどしだ。
「ひゃああ――っ!」
 壁を叩く何者かがいる。
 怖いけど……。
 べつに何もしてこない。
 そうだ。何かぼくを悔しいと思わせるものがあったと思ったのだが、
「葉留佳さんがクリアしたんだ……」
 ぼくは呟いた……。
 それだ。
 葉留佳さんがクリアした。
 それをぼくがクリアできないだって?
 葉留佳さんが……、
「絶対に、諦めるわけにはいかない!」
 というか、彼女に馬鹿にされるのが我慢できない!
 ぼくは、決然たる想いを込めて、出口に近づいていった。
「走って!」
 扉を開けると、矢印と共に出口の表示があった。それと同時にぞっとするうめき声がして、後ろからにじりよってくる化け物が現れた。
「小毬さん、ダッシュ! 来ヶ谷さん、真っ直ぐ走って!」
「きみにしがみついているぞ!」
「ふぇぇ、理樹くぅ~ん!」
 外の明かりが見えてきた。
 気持ちいい風が通り抜けていく。
 しかし、後ろの化け物は結構速い! それにうめき声も気味悪い!
「走って、走って!」
「おや、出口じゃないか!」
 目をちょっぴり開いた来ヶ谷さんが、ほっとしたように言った。
「よし、あとは大丈夫だ! わたしに任せるがいい!」
 来ヶ谷さんがそう言って、ぼくと小毬さんを引っ張りながら、さらに速く走った。
「小毬さん、ダッシュだ!」
「うん! うん!」
 は、っは、と息が途切れる。
 確実に出口だ。明るい光が見える。
 なのに、
「ウヴォアァァ――!」
 真横からも変な化け物が現れた!
「ひゃああああ――――っ!」
「きゃああ――――っ!」
「うわああああ――!」
 小毬さん、これは確実に泣いている。
 葉留佳さんたちの悲鳴はこれだったのか!?
 小毬さんと来ヶ谷さんは、横からしがみついてくる謎の化け物を振り払って、ぼくと一緒に全力で逃げ出した。
 出口だ!
 新鮮な空気!
 やった――脱出したぞ!
「はあ~……」
 脱力してしまう。
 外は前と変わらない、楽しげな遊園地。
 見ると、来ヶ谷さんも、小毬さんも、うずくまって呼吸を乱している。
「はあ~……はあ~……こわかったね~……」
 先に顔を上げたのは、小毬さん。
「でも、すっごく楽しかった~! ね、理樹くん?」
「ええー?」
 そう言い切ってしまうところが、小毬さんらしいところというか、なんというか。
 小毬さんって、意外と図太いところあるよね……。
 一方の来ヶ谷さんは、少し間を置いて、
「ゆ、許せん……」
 目を拭ってから、立ち上がった。
 いま、泣いてなかった?
「いいか……少年? ここの中で起きたことは、すべて秘密だ……いいな」
 すごい顔で睨まれる。
 お、オーライ、オーライ。
「わたしのプライドがまたもや傷つけられたよ……小毬くん……」
「ゆいちゃん、しょうがないよ~。すっごく怖かったんだもん!」
 それにね、と小毬さん。
「ゆいちゃんは、十分かっこよかったよ~! 尊敬しちゃった!」
「小毬くん!」
 抱き合う二人。
 いやまあ。
 確かに楽しかったけど、もう二度と入りたくはないな……。
 さて、じゃあクドたちに連絡を取ることにするか。

 つづきます

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