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小説・文学系の話題が主。ときに自作を載っけたりもする予定。ときにリアル話題。

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 どこまで行くんだろう?
 この列車は。
 ガタガタと揺れながら。
 ぼくたち3人を遠くまで運んでいく。





 鈴と葉留佳さんが卒業旅行から帰ってこられないって、鈴のお母さんから連絡があった。
 時は3月。
 卒業を間近に控えたぼくたちリトルバスターズ(9名)は、それぞれさまざまな思惑に取りつかれながら、さびしさ半分、希望を胸にが半分、いつもどおり楽しく過ごしていた。
 みんなそれぞれ進路が決まったから、じゃあ卒業旅行に行こうということになって、ぼくらも誘われたんだけど、まだぼくにいたっては進路が完全に決定していなかったし、真人はもうアルバイトを始めていた。謙吾だけ女の子たちについていくのも変だし、女の子だけでの卒業旅行となった。
「ねえ? だから……迎えに行ってあげたいけど、あいにくと仕事が抜けられなくて……」
「恭介は、どうなんです?」
「恭介は――」
 ほんとうは引率の人が必要だったんだけど、来ヶ谷さんがわたしに任せておくがいい、と言い張ったし、あの人がそう言うんならべつに大丈夫だろうということになって、安心して任せていたのだが……。
 鈴と葉留佳さんだけが旅行から戻ってきていない。
「恭介にも言ったのよ。迎えに行ってあげてって……そうしたら、理樹君にも伝えてくれたら、有休取ってみるって……」
「じゃあ、ぼくの方からもう一度恭介に連絡してみます」
「頼んだわ」
 鈴のお母さんとの連絡が切れた。
 ぼくは恭介の番号にかける。
「もしもし、恭介?」
 
 あの二人さえ、わがまま言わなければ、こんなことにならなかったのになあ……。
 女の子たちみんなで南国を歩き回ったあと、帰途につく日にちとなった。けど、鈴と葉留佳さんはまだまだ日程に余裕があった。他の人は、入学準備やら、引っ越しの準備やらで忙しい反面、あの二人は暇だった……。
金もあるし、二人でぶらぶらと各所を巡りながら帰ってこようって……。
「うん。じゃあ、そういうことだから、仕方ないよね。ぼくも行くよ」
 そうしたら、有り金が切れそうになって……帰りの列車のチケットが買えなくなったんだって。
 馬鹿か? あの二人は……。
「あいつらを二人にしちまったのがまずかったな」
「お金の計算なんかできそうにないしねぇ……」
 しかも調子に乗りやすいし。
「よし。上司に掛け合ってくる。有休取らせてくれるかお願いしてみよう」
「うん。じゃあ、ぼくは取りあえず二人に連絡を取ってみるよ」
 鈴と葉留佳さんには簡単に連絡がついた。
 詳しく事情を聞くと、ほんとうにどうしようもない状況らしい。夜行バスも出ていない。ホテルには泊まれるのか聞いてみたが、素泊まりで一日くらいなら何とか大丈夫みたい。まあ、やっすいホテルだろうけど……。

 女の子のみという状況だし、ぼくはとにかく彼女らのことが心配で仕方ない。
 ホテルに高校生ってことがバレたら、追い返されるかもしれないし(少なくとも警察に通報されるかも)、そうしたらとんだ騒ぎになるだろう。
 かといって、公園やファミレスで夜を明かすのは危険すぎる。来ヶ谷さんか、真人や謙吾がいればな……。
「理樹。有休が取れたから、明日俺んちに集合な。おふくろが旅費出してくれるから、それもらえよ」
「うん……ねえ、恭介?」
「なんだ?」
「大丈夫だよね? あの二人」
「俺が知るかよ」
 ですよね……。

 翌日、午前6時。薄明の中、棗家玄関で、恭介と会う。
 鈴のお母さんから事情を詳しく聞かされ、ぼくと鈴と(なんとついでに葉留佳さんのも)旅費をもらう。
 学校には連絡していない。とにかく事態が大きくなるのを避けたかった。
「じゃあ……行くか」
「うん」
 ぼくと恭介は、いつかみんなで乗ったバンに乗り込む。
 エンジンは温まっている。だけど中は冷蔵庫みたいに冷たかった。
「行くぞ」
 ゆっくり恭介がハンドルを切って、住宅街の道路に出る。
 恭介の声音が硬かったので(当たり前だろうけど)機嫌が悪いのかなと思って、ぼくは「怒ってる?」と彼に尋ねた。
 すると彼は、ぼくの方を振り向いて、
「いいや。んなわけねぇよ」
 と、にんまり微笑んだ。
「おふくろがいたからさ。鈴に怒って欲しくなくってさ……で、俺がキレた振りしていれば、おふくろは鈴のことかばうだろ? ま……せいぜい楽しもうぜ」
 はああ。
 ぼくは溜め息をついた。
「ん? どうした? コンビニで朝飯でも買ってくか?」
「いや、恭介……二人ともほんとうに身が危険なんだよ? ホテルにだって、一泊しか出来ないんだよ。あの二人だから、ホテルから年が疑われたら……」
「警察だろ? ま……仕方ねぇよ。鈴が浪人しようがどっちだっていいんだよ、俺は」
「ええー」
「まあ……確かに問題だよ。未成年二人で旅行ってのは。来ヶ谷も油断したんだろうなあ……機嫌がよかったんだろう。だけどさ、それくらいで進学を取り消される大学には、入らなくっていいんだよ。べつに」
 そんなむちゃくちゃな。
 恭介の自己流理論を振りかざされても。
 葉留佳さんだって……あんなに頑張ったのにさ。
「とにかく、一刻も早くやつらを連れ戻す。それだけだ」
「そうだけど……」
「かといって、俺たちが全力になったからといって、マッハ5の速度が出るわけじゃないしな」
「そういう次元の速度が出せるわけないでしょ」
「鈴たちには銀行口座もない。ネットマネーを送付してもいいが……あいつらにはそんなシステムを利用する知識がない。……だから、急いだって仕方ねぇよ。ゆっくり行こう。どうせなら旅を楽しんじまおう。おまえとの卒業旅行だ」
 と笑いながら言う。
 呆れちゃったよ……。
「恭介。言っていること矛盾してない?」
「俺が? 矛盾などしていない。俺たちが焦って、いったいどうなる? 急がば回れだ、理樹……。とにかく俺は、鈴や三枝に文句を言い言い、電車に乗りたくねぇんだ」
「あっ……」
 気づかされた。
 そうだ。何でぼくは、こんなにもイライラしっぱなしだったんだろう?
 そりゃ、すごく迷惑をかけられてるよ。こんな朝っぱらから……すごく眠いしね。
 でも彼の言うとおりだ。急いだって仕方ない。
 走るところは走る。でも、落ち着いているべきところで焦ったって仕方ないじゃないか。
「恭介。コンビニ寄ってよ。お腹すいた」
「オーケー」
 だから楽しむことにした。
 心配だけどね。
恭介の余裕さがすこしぼくにも欲しいんだ。
 葉留佳さんと鈴が、無事であればいいんだが……。
 再会したときに、ぼくたちがふくれっ面だったら、どんなに彼女たちは自分を責めるだろうか? そういうのは、ぼくたちじゃないよ……。

 1時間半かけて、やっと東京駅へとたどり着き、恭介は駐車場にバンを停めて、新幹線のチケットを買ってきた。
「よっしゃ。さすがにレストランで飯食ってる状況じゃねぇし、とっとと乗るぞ」
「うん。そうだね」
「うん……だが、ちょっと待ってろ。やつに電話をかける……」
「え?」
 恭介はいきなり携帯電話を取りだして、それを耳にあてがう。
 こんな時に、誰に電話だろう?
「おう。俺だ。なに? 言わなくてもわかる? よしっ……だんだん俺たちの仲が深まりつつあるな。はっはっは! 照れるなよ」
 だ、誰と会話しているんだろう……?
「今新幹線の改札口にいるって? どこだ? 中央口? オーケー……」
「?」
 ぼくたちは八重洲方面中央口へと向かった。
「恭介。誰と電話してたの?」
「あ? まっ……いろいろと他にも心配してくれるやつがいたってことだよ」
「へ?」
 誰?
 そういえば、来ヶ谷さんや小毬さんも、最初は来ようとしたんだが、どちらも重要な用事があるので(いろいろ学校の手続きがあるのだ)ぼくらは遠慮したのだ。
 真人も当然来てないし、謙吾にいたっては剣道の試合をしている。
「ひょっとして、親戚の人とか?」
「いいや、そういうんじゃない。ま、ある意味家族だな」
「家族? 鈴にお姉さんでもいたの?」
 恭介は笑っている。
「おまえは最高だなあ。ああ、そうだよ。鈴のお姉さんだ」
「ええーっ!?」
 知らなかった!
 
 知らなかった、とは言ったけどさ……。
 ぼくの驚きを返してよ……。
「急ぐわよ。12番線が一番はやいから」
「はい。二木さん……」
「直枝、あなたちゃんと切符持ってるの? やめなさいよ、土壇場になって無くした、なんて」
「ちゃんと持っているよ!」
 あんたはぼくのお姉さんか!
「まったく、なにをそんなにふてくされてるのかしら? わたしは一人で行ってくるから、あなたたちは待っていたっていいのよ」
 私服の二木佳奈多さん。
 シンプルな服装だが、彼女らしい気品があって素敵だ。
 でも相変わらず口が悪い。
「ちょっと待った。女を一人でなんて行かせられるかよ」
「あらそう? あなたと一緒でもべつに嬉しくなんてないんだけど」
「はっはっは! おい理樹、聞いたか? この女、俺らと一緒で最高です、だってよ」
「言ってないわよ!」
 ああ、なんてこった……。
 はやくも険悪な雰囲気。
「もしもし?」
 新幹線に乗り込んで、席に着いたらすぐ、彼女はぼくらを無視して電話をかけ始める。
「あ、葉留佳? 今どこよ? ホテル? いい、ギリギリまで居ようとしないで、すぐにチェックアウトしなさい。怪しまれたらかなわないじゃないの。そうしたら普通に観光していなさい。なるべく大人っぽい服装を心がけるのよ。大勢の人がいるところしか歩いちゃだめよ。……え? バイキングしたい? だめよ。残金には注意して。うん。うん……今東京駅だから。すぐに向かうわ」
 切る。
「理樹。駅弁でも食わないか?」
「あ、食べる食べる。お腹すいちゃったもん」
「あなたたち! ちょっとは危機感持ちなさいよ! 葉留佳は朝食すら満足に食べられないのよ」
「べつに俺たちには関係ないだろうが」
「な、なっ……」
「ほら、おまえ何がいい?」
「え? わたし?」
「ほら、さっさとしねぇと出発時刻になっちまうだろうが。選ばないと俺が適当に選んできてしまうぞ」
「わたしは要りません! 葉留佳がお腹をすかせているのに……」
「ふっ」
 姉妹愛か、とつぶやきながら、恭介はプラットフォームに出て行く。
 売店で買い物をしている彼を見ながら、ぼくは二木さんに質問した。
「二木さん、一緒に来てくれたんだね? 当然だよね。葉留佳さんが帰って来れないっていうんだから」
「べつにあなたたちと一緒にいこうとは思ってなかったわよ」
「じゃあ、恭介が二木さんに声をかけたんだね? ……まったく恭介ってば、ぼくにひと言も言わなかったんだから」
「はあ」
 二木さんは、退屈そうに頬杖をついて、ぼくと反対方向の窓を眺めた。
「旅は道連れ世は情け……なんて、わけのわからないこと言って、気がついたら、東京駅に集合ってことになってて……切符だけ買っとけって……」
「ごめんね。二木さん」
「ふん」
 彼女は本を鞄から取り出して、
「いいわよ。一人だと、気詰まっちゃいそうだったし」
「二木さん……」
「あっぶねー! ギリギリだったぜ! ほら、理樹、二木」
 恭介が慌ただしく乗り込んでくる。
 ぼくたち二人に弁当箱を手渡して、彼もシートに戻った。
「え? わたしも?」
「みんなで食った方がうまいだろうが」
「あ、ありがと……」
 ゆっくりと列車は発進していく。
 東京駅がどんどん押し流されていって、ビルやタワーなどの連なる中心都市の風景がどんどんと川のように押し流されて……。
 
 ひとまずぼくたちは安堵していた。
 予定なら、午後1時くらいに向こうに着くらしい。
 とりあえず遅い朝食を取って、ぼくたちは思い思いに車内で時間を潰していた。
 とはいいつつも、
「理樹、見ろよ! 海だぜ! いやー、いいサーファー野郎どもが集まっていやがるぜ!」
「ほんとだねえ」
 こんなふうにはしゃいでいるのはぼくと恭介だけで、二木さんはじっと本を読んでいた。
「二木! トランプでもやろうぜ!」
「やりません」
「ふっ……」
 恭介は黙って二木さんの膝にカードを切っていった。
「やらないって言ってるじゃない!」
「こわいのかい? あんた」
「はああ? いい? トランプなんてするのは勝手だけど、うるさくするんなら、どこかよそでやってよね」
「よそ? おいおいおい、俺らに車外でやれだとよ、理樹……風に飛ばされちまうぜ」
 べつにそこまでは言ってないと思うけど……。
 たぶん、ぼくたち死んじゃうよね。
「おーい、二木ちゃ~ん」
 どうやら恭介は二木さんを遊びに勧誘したくて必死みたいだ。
「やめて……背筋がぞくぞくってするから」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ? 二木氏、二木女史か? じゃあ『フタ☆フタ』なんてどうだ? ぷっ……くくくくく……はっはっはっは!」
「車内マナーを守りなさい!」
「おっと、わりぃ。サンキュ、二木」
「もう……」
「それより佳奈多ちゃんなんてどうだ?」
 真剣に二木さんが恭介を睨み付けたので、恭介はぼくを盾にして「おい理樹、あれ見ろよ! 河川敷で野球してやがるぜ!」などと窓の外を見てなにか言い出した。
「もう……あなた、社会人でしょ? ちょっとは教養らしいものを身に付けたらどうなの?」
「お、それそれ」
 と、恭介は機嫌を悪くすることもなく、ぽん、と手を叩いた。
「なに読んでんだ?」
「なにって……? ただの小説ですけど」
「どんな? 作家名は? ジャンルは!?」
「きゃあ!」
 恭介、食いつきすぎだよ……。
 そんなに小説のこと詳しくないくせに。
「俺も小学生のころは、第二小のドストエフスキーなんて言われたくらいの文人だったからなあ……」
「え、うそ……ほんとうなの?」
「ああ」
「二木さん。信じないで」
「この男……」
 恭介のことを見る目がますます厳しくなった。
「という妄想をしていたくらい、俺は帝政ロシア末期に憧れていた……」
「ウソよね」
「ウソじゃない。ためしに真人をマサトスキーと呼んでいたりもした」
 それ、真人は何の関係もないじゃん……。
「マサトスキーってどう思う? 最高の名前だと思わないか?」
「べつに」
「あ? おいおい……だってよ、理樹……これだから困っちまうぜ」
 あ、恭介がちょっと不機嫌に。
「失礼だと思わないか? せっかくおまえが考えてくれた名前に対してな」
「ぼくじゃないでしょ!? ねえ!」
「はっはっは! なに言ってるんだよ。おまえだって言ってたじゃないか、マサトスキー、ケンゴエフ、ってな」
「言ってないよ!?」
「二人とも。黙りなさい。うるさいから」
 二木さんが本格的に不機嫌に……。
「仕方ないよ……恭介。二人で遊ぼう? ……」
「……ったく、しょうがねぇな……ブラックジャックでもするか……」
 こそこそ話に切り替えることで、二木さんもようやくすこし機嫌を直したらしい。
 読書を再開して、一定間隔で、ページを繰り出した。
「わりぃ……ちょっと俺寝るわ」
「ええ!? 恭介、まだ途中だよ?」
「もう限界だ……昨日からほとんど寝てねぇし、眠くてしょうがない……おやすみ……」
 なんていうことだ……。
 シートに体を埋めて、寝息を立て始めた……。
 ぼくは溜め息をつき、トランプを片付けつつ、ちらりと二木さんの様子を眺めた。
「……」
 二木さんは完全に本の世界に集中している。
 新幹線だって雑音はあるのに、すごいな。
 彼女の世界を邪魔するのも悪いし、ぼくは鈴のお母さんからもらったみかんを手でもてあそびながら、窓の外の様子を眺めつつ時間を潰していた。
 日本の田園風景が次々と視界を横切っていく。
 野原に生えた芝生とか、何の種類だかわからない木、あとは耕された畑、その付近にある大きな家屋。……農家かな。
 トラクターがゆっくりとあぜ道を通っていく風景。
 工場が綿々と連なる、工業地帯。
 そして開発されたリゾート地……。海と山に囲まれた、小さな小さな昭和風リゾート。すこし寂れている様子がある。
 ぼくはふと思い当たり、謙吾や真人にメールを送ることにした。

 謙吾へ
 試合の様子はどう?
 こちらは恭介と、あと二木さんの3人で鈴たちを迎えに行っています。
 今新幹線です。
 なんだかリトルバスターズの旅行みたいでちょっと楽しいです。でも二人のことが心配だし、ちょっと自重することにします。
 恭介は相変わらず自由気ままだけどね。
 じゃあまた連絡します。

 また真人にも似たような文面で送って、ぼくはふたたび退屈な車外風景を眺めることにした。
 
 二木さんを見ると、ちょっと疲れたような顔で、肩を叩いている。
「二木さん。みかん食べる?」
「ええ。どうもありがとう」
「ううん。気にしないで」
「なにも持ってこなかったから……」
 ぼくは苦笑した。
「ぼくもだよ。ただ棗家は違うんだよね。こういう旅行でも、ちゃんと楽しんできなさいって……お菓子たくさんもらっちゃった」
「楽天家なのね」
「うん。恭介もすごく楽天家だよ」
「見習いたい気もするわ。わたし葉留佳のことが心配で仕方なくって、ただ家を飛び出して、何時何分発の、何時何分着で、所要時間がいくつ……ということしか、頭になかったから。基本的に頭がいいのね」
「それはさすがに褒めすぎじゃないかな……」
「そうかしら」
 彼女はみかんを剥きながら、ひとつずつ口に入れて味を楽しむ。
「棗先輩は……まあ、もう先輩じゃないですけどね……頭は良いとわたしは評価しています……ただ、ときどきすごく腹が立つというだけで……」
「ははは……」
 好き放題言われちゃってるよ。
 でも否定できないんだよね……。
「わたしたちが困ることをあらかじめ予測しているというか……まあ、この人自体も困った人に違いありませんが」
「ふ、二木さん……読書は一段落でいいの?」
「読書ね。ええ、そうね……だいぶ読んだけど、疲れちゃったわ」
「どんな本読んでるの?」
「どんな? さっきも言ったけど、普通の小説よ。映画にもなったベストセラー……でも退屈ね。わたしあまりこういうのは詳しくないから」
「普段本は読んでるの?」
 彼女はみかんをもぐもぐと食べながら、こう答える。
「読むには読むわ。……でもここ最近は、息抜きのための、こういうくだらない小説が多いわね……何の得もしない、ただ勉強で溜まったストレスを発散するだけの小説……正直自分でもどうかと思っているわ」
「ははは……」
 どうして、この人はこうもさらっと自己批判に走るのだろうか……。
 相変わらず口調は辛辣だし……。
「あなたは読むの?」
「あ、う、うん……でも自分で選ぶのは出来ないから……西園さんに選んでもらって読んでいるよ……ほとんど彼女のオススメだけだけど……」
「そう」
 と、彼女は髪を手で直しながら、
「もう卒業だから、あの人とも一緒じゃなくなるわけね」
「まあ、彼女とはいくらでも連絡が取れるわけだから……」
「そう」
 そうしてさらっと本を開き、何の前置きもなく読書を再開してしまう。
 うう、隙がない……。
 この機会に彼女とちょっと仲良くなってみようと思ったが、無理だった……。

 西園さんから勧められた本をぼくも読みながら、さらに時間を潰していると、恭介がようやく起き出した。
 めいっぱい背筋を伸ばしてから、
「ふう」
 と息を継ぎ、ぼくの方に振り向く。
「今何時だ?」
「ええっと……12時」
「あと1時間か……ん?」
 恭介は二木さんを指差す。
 なにやら物音を立てたくない様子だったので、そうっと首をあちらに向かせると、
「あっ……」
「くっくっく……すやすや寝入っているな……」
 寝てる。
 こう見ると、二木さんもかわいい女の子なんだなあ……。
 って、
「恭介、なにする気?」
「こいつのことを前々からいたずらしてやりたいと思っていた……理樹、何がいい?」
「いやいやいや……いたずらなんてやめてよ。ここ、どこだと思っているの?」
 新幹線だから、周りの迷惑になるようなことはして欲しくないし……。
「俺を何だと思っているんだ? そんなことはしない。俺もいちおう『紳士』だからな」
「紳士? って……何をしようとしたって?」
「ん? だから、エロいことだろ?」
「恭介! お願いだから――」
「大丈夫さ。おまえの考えているようなことは決してしない。ま……理樹がしたいならしてもいいぜ?」
 お願いだから、誤解だと言わせてくださいっ……!!
「さて、マジックペンの持ち合わせもないし……」
「そんなことして、この後どうなっても知らないよ……」
「べつに怒らないだろ。三枝の姉だぞ? そんなことぐらいオーケーオーケー、で済ませるだろ?」
 いやたぶん、絶対に済ませてくれないと思う……。
「なら……こんなのはどうだ?」
 恭介はゆっくりとみかんの皮を剥いていき、一切れを取って、二木さんにゆっくり近づいていく……。
「よっ、と……」
 唇をつまんだ!
 ハラハラドキドキ……!
「ぷっ……おい理樹、見ろよコレ……! おかしすぎるだろ……!」
「え? ……あ、あはははは! 何それ、すごくかわいい!」
「う、う~ん……」
 みかんを口にくわえたまま二木さんが寝ている。
 というより、くわえさせられてるんだけど。
「よし。じゃあ、こんなのはどうだ?」
「え?」
 さらに恭介は、みかんをもう一切れ持って、二木さんの顔に近づけていき……、
「はっ!?」
「じゅる……」
 二木さんが目を覚ましていた……!
 口元にあったみかんを吸い込みつつ、恭介をすごい形相で睨んでいる。
「ちょっと……何をしようとしていたの?」
「いや……」
「わたしに対して、いったい、何をしようとしていたの……!!」
「いや、その……」
「この変態」
「あ、いやいやいや、これは、ちょっとした遊びで……」
「サイテー」
「あ、ああ! そうだな! サイテーだな……だけど、コレは単なる冗談……」
「近寄らないで」
 恭介はコテンパンにやられて帰って来ました。

「残念ね……もうちょっと空席が多ければ、わたしだけ席を移動するんだけど」
「すまん、二木……そんなに怒るとは……」
「それともあなたが行く?」
「……理樹。やっぱこいつ、苦手だぜ……」
「寝ている隙にいたずらしようとするあなたに言われてもぜんぜん傷付きませんね」
「まあ、鋼のメンタルだからね……葉留佳さんと違って……」
 仕方ないので、恭介だけ、車両の間の休憩室に行くことになりました……。
「ふう。いやね……恋人でもない男と一緒の旅行って……すこしも安心できないんだもの」
「まあ、ちょっとした出来心といいますか……」
「理解しているわ。でも、それほど親しくもない男にいたずらされそうになったわたしの気持ちを理解してくれないのかしら」
「まあ、恭介もすごく反省しているから……」
「へえ……まあ、わたしはぜんぜん許す気なんてありませんけど」
「はあ」
 ぼくは溜め息をついた。
 葉留佳さんとは違う。いや、違いすぎる女の子。
 でもこれでこの二人はけっこう相性いいんだよな……。
「そういえば二木さんは……、」
「なによ?」
「葉留佳さんとは一緒に、旅行に行かなかったんだね……」
「……」
 そっぽを向いて、黙りこくってしまう。
「あ、ごめん……。聞かない方がよかった?」
「今だからいいますけど、」
 とうとつに話し始める。
「その……卒業する今だからいいますけどね、昔すごく仲悪かったの。わたしたち。お互いすれ違っていたっていうか……ま、姓も違うんだから、その辺は察してよね。家庭の事情よ……」
「あ、うん」
「それで、ずっと関係は冷え切っていたんだけど、しばらく前から誤解が解けたの。わたしもずいぶん悪いことをしたと思うわ。反省してる。でも、もう全部済んでしまったことだから……あの子とのことは……」
「うん……」
「だからわたしたちのことに気を遣う必要はなし。わかった?」
「うん。わかったよ」
「今回はたまたま予定が合わなかっただけよ。それに……わたしは大勢で旅行するの苦手なのよ……」
「あ、そうなんだ?」
「そうよ……わたしって性格そんなによくないでしょう? 普通の女の子と話が弾むと思うかしら。弾まないわね……仕切るのは得意なんですけどね……でも仕切ると反発する輩が必ずいるし……だめなのよ……そういうふうにしか考えられない。少人数の方が気楽だわ」
「ぼくはそんなことないと思うけどねえ」
「そうなの? まあ、あなたはそうよね? 大勢の人と意見を合わせるのが得意そうだし……わたしとは違ったタイプだわ」
「いやいや、そうじゃなくてね」
「?」
 ぼくは二木さんが本気で理解できないという様子でこっちを見たので、思わず笑ってしまった。
「二木さんが性格悪いなんて、そんなことはないよ」
 二木さんは、溜め息をついて、ちょっぴり諦めた顔をした。
「いいのよ。わたしは自分でわかっているから。ちょっと気が利かないのよ……どうやっても、葉留佳みたいになれないもの。あんなふうに天真爛漫で、悩むところがなくて……それに甘えるのも上手よね。……わたし葉留佳がうらやましいもの……はああ、なんかいやね。こういうの。どうしてあなたに喋っちゃったのかしら? わたしの隠しておきたいところを」
「二木さん」
「言い訳……かしら? あなたに洗いざらい吐いてしまって、楽になりたかったのかも。ごめんなさい。直枝」
「ううん」
「どうせもう二人とも卒業だしね……もう会うこともないだろうし、知られても問題ないと思って……」
 ぼくは黙っていた。
 よく、わからなかったから。
 お互いもう卒業だし、ため込んでいた気持ちに整理をつけようとして……でも、うまく整理がつかなくて……ま、二木さんの気持ちも半分くらいならわかる。
 でも彼女はまだほとんど知らない人で……葉留佳さんのお姉さんなのに遠い人で……。
 どこかですれ違ってしまって……二木さんは自分を責め続けている。たぶんどんな人の問題でも、彼女は自分のことを責めると思う。
 だからたくさんの人と一緒にいるのが苦手?
 すこし、わかる気がした。
 どこかで助けてあげなきゃいけないことも。
 でも、ぼくたちは今鈴と葉留佳さんのことを助けに行っているわけで。
 それにもう卒業だ。
 ぼくにしてあげられることはもう一つもないのかもしれない……。

 あれからすこしだけ眠った。
 恭介に起こされて、目的の場所で下車する。
 ここからは在来線に乗り換えなくちゃいけない。鈴にもう一度連絡を取ってから、ぼくたちは駅構内をゆっくり歩いて行く。
 疲れたな……。
 眠たい目をこすりながら、目的のプラットフォームを目指して歩いて行く。
 二木さんと恭介がまたやり合っている。
 けど、内容は喧噪がすごくてよくわからない。
 また恭介がちょっかいを出して、二木さんを怒らせているのかな?
 何度も追っ払われているけど、恭介はめげない。何度も笑い直して、二木さんにちょっかいを出しに行く。
 彼女はハエを追っ払うみたいに手のひらを動かして、地図を見ながら目的のプラットフォームを確認する。
「おーい、理樹!」
 恭介が呼んでいる。
「駅弁食おうぜ! 駅弁!」
「またぁ!?」
 二木さんとぼくの声が合わさった。
「はっはっは!」と笑う恭介。
「ご当地の飯を食わねぇでどうするんだ? 腹減ったろ? おごってやるから、なんでも好きなの言えよ!」
「わたしはべつにいりません。葉留佳がお腹をすかせているのに……」
 恭介が、二木さんの口調を真似しだした。「葉留佳がお腹をすかせてるのに……」
「あなたねえ……」
「そう真面目に考えるなよ。じゃあ、おにぎりだけでも食っとくか? 腹減ったろ?」
「い・り・ま・せ・ん」
「ちっ! 理樹は?」
「じゃあ、ぼくもらうよ」
「直枝! あなたまで!」
「いや~……お腹すいちゃってさ」
 それに、たぶん鈴が逆の立場だったら、こうすると思うし。
 ていうか、なんのためらいもなく満腹の状態でやって来ると思う。
「よっしゃ。理樹、なに食う? あれか!? これにするか!?」
 恭介とおにぎりを選んで、購入すると、腹を立てた二木さんがプラットフォームへ降りる階段の前で苛立たしそうにしていた。
「ごめん! 待たせちゃった?」
「当たり前でしょ――――なに、これ?」
「ほら、二木。おまえにはステーキおにぎり! 牛肉たっぷりのスタミナタイプだ!」
「わたし要らないわよこんなの! なんで買って来てるのよ!」
「いや? さっきのイタズラのお詫びにしようかなってよ」
「少なくとも女に向かって牛肉たっぷりのスタミナタイプはないでしょうが! 昆布とかないの、あとシャケとか!」
「ふふん……そう来るだろと思って、ばっちり用意してきたぜ!」
「あなたいくつ買ってるのよ!?」
 恭介は「鈴だったら確実に牛ステなんだがなあ――」とぼやきながら、二木さんに昆布おにぎりを渡す。
「ほら、二木。食えよ。ま、気にすんな。さっきのお詫びだよ」
「お詫びはともかく、いただくことにします……勿体ないですからね」
「ん? いやだったら要らないって言ってもらっていいんだぜ?」
「食べるのよ! わたしが! つべこべ言わない!」
「くっくっく……」
 恭介がぼくに向かって、こそこそと耳打ちする。
「二木はキレると手がつけられんが……からかう分にはめちゃくちゃ楽しいな」
「あなたねえ……なに男同士でひそひそ話なんてしてるのよ? これだから最近の軟弱男子は……!」
「おー、なんだとう? つべこべ言うと、おまえのおにぎりをステーキと取り替えるぞ?」
「やめなさいよ!」
 なんだか二木さん、元気になったなあ……。
 さすが恭介。どんな人とも一瞬で友達になってしまう驚異のコミュニケーション能力の持ち主だ。
 とくに、あの心に閉じこもりがちだった二木さんをあんなに解放させられるなんて。
 恭介がいてくれて、ほんとうによかったな。

 在来線に乗り換え、鈴たちがいる場所へと向かっていく。
 ぼくたちが住んでいるところと空気がまるで違うことに驚かされる。
 ここはもうかなりぽかぽかしていて、春真っ盛りという感じだし、人々の間にただよう空気もなんだか和やかで、こういうところに将来住んだら幸せだろうなあ、という気もする。
 卒業しちゃったら、当然ぼくは東京に住むことになるわけだけど、あそこに長居するつもりはない。ぼくの望みは地元で就職することだ。恭介や鈴、真人や謙吾と一緒に育ったあの街でずっと暮らしたいんだ。
 ただ仕事によっては転勤もあるだろうし……もし融通が利くなら、将来こういう場所にも住んでみたい。そんなふうに感じさせる場所だった。
「二木、なに読んでんだ?」
「邪魔。集中してるんだから」
「教えてくれたっていいじゃねぇかよ~」
「うるさい」
 恭介が吊革に掴まって、二木さんがシートに座っている。
 ガタゴト、ガタゴト、とゆっくり列車は進んでいく。駅ごとに時間をかけて停まって、ほんとうにゆっくりと、着実に目的地まで進んでいく。
 二木さんはいちいち片手で恭介を払いのけながらも、すこし彼とのやり取りが楽しそうだった。
 二木さんはぼくと似ているように感じる。
 生まれつき孤独な性質のようだけれど、人付き合いが嫌いなわけじゃない。
 殻を被って生きているけれど、本来は、殻を破ってくれる人を熱望している。
 外界との扉を完全に閉じたわけじゃないのだ。むしろその先に憧れているが、自分の足でその扉を開けるには、二木さんは外界に失望しすぎてしまっている。
 だから一緒に歩いてくれる人が必要なんじゃないか。
 ほぼ推測に過ぎないけど、ぼくの感覚に当てはめて考えると、きっとそういうことなんだ。
「やめなさいって」
「理樹。おまえからも言ってやれよ」
「え?」
 二人の顔を見やる。
 二人はじっとぼくの顔を見て、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの? 直枝」
「気分でも悪いのか、理樹? 長旅だったしな」
「ううん……でも、すこし酔っちゃったかも」
「もうちょっとの辛抱だ。取りあえずあいつらと合流してから、ゆっくり休憩しよう」
「葉留佳にメールして、駅まで来るように伝えておくわ」
 二木さんにお願いして、メールを打ってもらう。
 相変わらず恭介は二木さんにちょっかいを出し続けていたが、ぼくはといえば、外の景色にずっと見とれていた。
 綺麗な場所だ……。太陽がまぶしい。
 でも道がとても広くって、緑がたくさんあって、ぽかぽかしていて。
 こんなところがぼくたちの知らないところにあったんだな、と強く思った。

「おーい、理樹」
 恭介の声が聞こえる。
 どうやら眠ってしまっていたらしい。目を覚ますと、列車が駅に到着していた。
「ほら、行きましょう」
 二木さんが手を握ってくれる。まだ寝ぼけているぼくを、引っ張って、列車から降りた。
「大丈夫、直枝?」
「ああ、うん……ありがとう……」
「二木。おまえは理樹と一緒にどっかの喫茶店にでも入れよ。俺すぐに鈴と三枝を連れてくるから」
「え? いいわよ。あなたが直枝と一緒にいなさいよ」
「いいや。休め」
 恭介にしてはめずらしい断固とした口調で、有無を言わせなかった。
 しぶしぶ同意した二木さんは、ぼくを引っ張って、駅の中の喫茶店へと入った。
「直枝? ほら、水」
「ああ、うん……」
 水を飲むと、とたんに視界がクリアになって、頭がしゃんとした。
 どうしてぼんやりしていたのかというと、こんなに温かいのに、まだぼくは真冬の格好をしていたからだ。マフラーを外すと、ふと心地よい冷気が顔の熱を冷ました。
「ふう……」
「なんだか変な感じね」
「ごめん。二木さん。迷惑かけちゃったね」
「え? いいわ。べつに。疲れていたなら……」
 彼女はさっきよりだいぶ機嫌をよくした感じで、ずっと喫茶店の入り口を見つめていた。
 恭介のことを待っている。
 恭介は、まだ現れない。
「けっこう楽しかったわね」
「え?」
「え? じゃないわよ。旅行よ、旅行」
「ああ、うん……」
「まだ寝ぼけてるの?」
「いや、意外だな……って思ってさ」
「そうかしら」
 彼女は自分の意見が矛盾していたことに気がついたのか、顔を赤くしながら、慌てて弁明しだした。
「そりゃ、最初は男の人二人と旅行なんて、冗談じゃないと思っていたのは認めます。でも……たぶんわたし一人じゃ、こんなところまで来られなかったわ……心細いもの、こんなに遠いところまで」
「二木さん」
「だから、その点は棗先輩に感謝しています」
 彼女は照れた様子で、
「その点だけは」と強調した。
「じゃあ、恭介本人にもうちょっと優しく接してあげたら?」と、ぼくが言うと、
「べつにいいのよ。あれで。ほんとう、すぐ調子に乗るんだからあの男……」と、まだ恭介が現れないのかと確認しながら、愚痴りだした。
 ぼくは二木さんと、その隣に座るであろう恭介を思い浮かべて、二人を並べて考えてみた。
 するとやっぱり恭介はすごい人だ、と思わざるを得なかった。
「あなたにも感謝しているわ」
「ぼくは何もしてないよ」
「二人っきりだと、さらに最悪だったかもしれないじゃない?」
 と、彼女は強調するのだった。
「恋人でもない男と二人っきりなんて考えられないわ。あなたがいてよかった」
「恋人、恋人、っていうけど、二木さんに恋人なんていたっけ?」
 すると、彼女はこちらを、きっとにらみ、こう続けた。
「わたしの交友関係なんてどうでもいいでしょ。言葉の綾よ、綾」
「あ、いないんだ」
「言葉の綾だって言ってるでしょ!」
「頼むから本気で取らないでよ!」
 そんなことをしている間に、恭介が鈴と葉留佳さんを連れて、ぼくたちの席にやってくるところだった。
 ぼくたち3人の旅は、いったんそこで終了した。
 
 終わり

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2014.11.11 / Top↑
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